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2009年8月9日(日) 7時半頃にホテルをチェックアウトし、仙台駅へと向かう。未明に雨が降ったようで道がしっとり濡れている。曇り空でかなり涼しいが、湿度は高くて湿った空気が腕に纏わりつく。昨日まで開催されていた七夕祭りの飾りが片付けられたコンコースを歩き、中断地点としていた『杜の賛歌』に到着。 仙台入りしたのは昨日の昼過ぎで、前回行程では日没後の通過となった松島を補足で眺めてきた。個人的には日本三景では唯一凡庸とした印象だった松島だが、今回もその印象を大きく変えるまでには至らなかった。やはり観光遊覧船に乗って海上から巡らなければいけないのかもしれない。 前置きはこれぐらいにして、約7ヶ月振りに縦断行程を再開しよう。とはいえ、今回行程はいきなり寄り道から始める。東北線には名無しの枝線が2本あり、その内の1本が岩切から分岐して利府まで出ているので、それに乗ってみる。 1番ホームに降りて待つこと暫し、利府行き普通列車が719系4両編成という姿で入線してきた。日中は直通運転がなくて岩切での乗換えが必要だが、この時間帯なら利府まで乗り換えなしで行ける。 ◆番外第9ランナー:東北線利府枝線利府行き普通(仙台8:06→利府8:21) 半数程度の座席が埋まる乗車率で発車。降り出した細かい雨の中、本線上を9分ほど走行して、岩切で分岐して枝線に入る。 東北新幹線をアンダークロスして暫くすると、左の車窓に東北新幹線仙台総合車両所が見えてくる。多客期なので憩ってる車輛が少ないなぁと思いつつ眺めていると、East-iが停まっているのを発見!East-iは東海道山陽新幹線のドクターイエローと同様の検測車輌で、通常一般人には狙って見ることは出来ない。今日はツイてるかも?と思っていると、今度はH編成に組み込まれていた200系ダブルデッカー車輌が保存されるともなく放置されているのが見えてきて、これには心が痛む。 新利府に停車すると、多くの人が降りて閑散となる。ここは仙台総合車両所の最寄駅なのでJR東日本の社員さんが多く利用する。下車客の多くはホーム中ほどにある社員専用出口の階段を降りていた。 新利府を出、左の車窓から仙台総合車両所の建物が尽きると、列車はゆるゆると減速して終点の利府に到着。 昔々はこちらが東北本線だったらしいのだが、そんな風には見えない小駅だ。ただ、車止めの先に続く駐車場は恐らく線路跡に作られたのだろうとは想像出来る。 折り返しの仙台行きには乗車せず、その線路跡に沿って暫く歩いてみるが、降っていた細かい雨が強くなってきた。折り畳み傘を出すのも億劫だしあまり時間もないしで、適当なところで切り上げて駅へと戻る。駅前を通る道は宮城スタジアムに通じているらしく、道端にサッカーボールを模したモニュメントを見掛けた。 ◆番外第10ランナー:東北線利府枝線仙台行き普通(利府8:55→仙台9:12) 今度は701系6連なので来るとき以上に閑散。恐らく仙台から新利府への通勤輸送のための車両運用だと思うが、駅ごとに乗客が増えて仙台に着く頃には立つ人も多い乗車率になっていた。 仙台から本格的な縦断行程の再開となる。まずは常磐線を上っていわきへ向かう。 ◆第41ランナー:東北線〜常磐線原ノ町行き普通(仙台9:25→原ノ町10:43) 719系4連でも立つ人ちらほらという乗車率で発車。本降りになった雨に煙る仙台の街を抜け、車窓に水田が目立つようになる。が、一転して高層マンションが林立しだして驚いていると岩沼に停車。仙台から20分程度で、東北線列車と常磐線列車が通るので列車本数も多く、仙台のベッドタウンとして発展したのだろう。いつしか雨が上がり、空も少し明るくなってきている。 岩沼を出ると左にカーブを切って常磐線に入る。阿武隈川を渡り、ちょっと小さな山越えをこなすと水田の中を行くようになる。この辺りの常磐線は単線だが、昔は寝台特急の[ゆうづる]が7往復/日も走っていた特急街道で、現在でも[ひたち]が4往復/日走っている。 にしては沿線には相馬以外これといった街が広がる訳でもなく、水田の中を淡々と走り、仙台から80分ほど掛かって原ノ町に到着。再び雨が落ちて来ている。 到着直前に雨脚が強くなったので、電車の屋根を叩いた雨が飛沫になってホームへ降り掛かっている。降りたホームの向かい側に停車中の、いわき行き普通列車となる701系電車に急いで乗り換え。 ◆第42ランナー:常磐線いわき行き普通(原ノ町10:50→いわき12:07) 701系2連でも半数程度が空席という状態で発車。激しい雨を突いての走行だが、原ノ町までよりは山がちな車窓が展開する。 大野辺りで雨がやんで薄日も射すが、木戸辺りではまた黒い雲が広がる。広野では遠くに太平洋がちらりと見え、海沿いに出るかと思ったが、急峻な地形でトンネルが多くて眺めは良くない。久之浜を出たところで漸く太平洋が車窓に広がる。波は少ないが鉛色で、夏の太平洋らしくない。 次の四倉で多くの人が乗ってきて、車内は急に賑やかになる。結局、立つ人も多い状態となって いわきに到着。 以前来た時は平という駅名だったのだが、いつの間にか改称されている。駅舎も橋上駅舎に建て替えられたようだが、肝心の自由通路に繋がる部分が未整備で、仮通路の階段を昇ったり降りたりしないと改札口に行き着けないという極めて不親切な状態だった。 乗り継ぎ時間があるので街歩きを楽しもうと思ったが、やんでいた雨がまた降ってきたので早々に駅へと戻る。 いわきからの縦断ルートは磐越東線に移る。次の郡山行き普通列車は13時13分発だが、これが4時間半振りという閑散路線なので、行程作成においては苦労を強いられた。 昼食用に駅弁を購入し、ベンチの脇に磐越東線のゼロキロポストが鎮座する6番ホームに降りて待つこと暫し、キハ111とキハ112の2連が入線。これが郡山行き普通列車となるので乗車する。 ◆第43ランナー:磐越東線郡山行き普通(いわき13:13→郡山14:48) 空席ちらほら程度の乗車率で発車。短いトンネルを抜け、右にカーブを切って常磐線と別れる。住宅地と田畑が交互に現れるが、小川郷を出ると急激に山が迫って夏井川の渓谷に沿う。ただ、地形が急峻すぎるためかトンネルが多く、車窓はそれほど楽しめない。 小野新町辺りで街並みが広がるが再び山中に分け入る。時折小さな町が現れると駅に停車するということを繰り返し、菅谷辺りからは牧野川の細い流れに沿う。 船引を出ると右に左にカーブを切っての山越え。山を越えると三春駒で有名な三春に着くが、車窓からでは特に目立つところもない。三春を出ると今後は桜川の細い流れに取り付き、舞木を過ぎて阿武隈川を渡ると、右から東北線の立派な線路が寄り添ってきて郡山に到着。 縦断ルートは東北線を今度は下る。慌しく跨線橋渡って乗り換え。 ◆第44ランナー:東北線福島行き普通(郡山14:53→福島15:39) 701系2連という列車が多いこの区間だが、4番ホームで発車準備をしていたのはE721系の4連だった。が、乗り込んでみると全ての座席が埋まっていて立つ人もちらほらで、よく乗っている。仕方なく立って車窓を眺めることとする。 小雨に煙る郡山の街並みを突っ切り、東北新幹線の高架橋の下から這い出すように左へ分かれて日和田に停車。と、ぞろぞろと下車して空席ちらほらの状態となる。目の前にも空席が出来たので、無理せず着席して車窓を眺める。 雨はやんだようだが夕暮れのように薄暗い中、水田を左右に眺めてのんびりと走行。とはいえ、昔の客車で運行されていた普通列車に比べればずいぶんと速い。 松川を出ると上り線が遠くへ離れて行く。この辺りの東北線は、複線化する際に上り勾配を緩和するため、こんな線路の敷き方をしたらしい。右の車窓を眺めていると上り線が見えないので、単線路線に乗っているように錯覚し、金谷川の手前で寄り添ってくる線路を見て、この辺に他に鉄道路線あったっけ?とか思うほどである。 その金谷川で学生が大量に乗車し、再び立つ人も多い状態となった。金谷川を出ると、また上り線が離れて行って代わりに東北新幹線の高架橋が寄り添ってくる。それをアンダークロスすると上り線が寄り添ってきて南福島に停車。すっかり福島の街中に入り、荒川を渡って福島に到着。 縦断ルートは、奥羽線に移って更に下る。奥羽線の福島〜新庄間は改軌されて山形新幹線が走っているが、標準軌の普通列車も混走していて、こちらなら青春18きっぷでも利用可能だ。 福島駅には3本の在来線ホームがあって、そのうち最も西側のホームには北側に切り込みの6番ホームがある。山形線と呼ばれている奥羽線普通列車はこのホームに発着していて、標準軌の719系電車が2両編成で発車準備をしていた。ちょっと急ぎ足で乗り換えた私は席にありつけたが、発車間際には満員に近い状態となった。 ◆第45ランナー:奥羽線米沢行き普通(福島15:56→米沢16:44) 福島を出るとすぐに左へカーブを切って東北線と別れ、東北新幹線をアンダークロスする。暫くは単線だが、すぐに新幹線に接続する軌道が地平に降りてきて複線となる。 相変わらず細かい雨が降る中、笹木野・庭坂と停車。何れも福島近郊の住宅地といった感じで乗降が多く、どちらかというと降りる人の方が多かったので、車内は立ち客ちらほら程度の乗車率に落ち着いた。 庭坂を出ると右に左にとカーブを切りつつ上り勾配を登って行く。これから越える板谷峠はスイッチバックが4駅も連続する難所だったのだが、改軌工事の際に全てのスイッチバックは廃止された。電車の登坂性能ならばスイッチバックは必要ないからだが、それでも勾配が緩和された訳ではないので、徐々に速度が落ちる。周囲の山から水蒸気が立ち上り、視界も悪くなってきた。と、右の車窓を銀色の車体が横切る。東京行きの「つばさ」と解っているが、やはりこんな所で新幹線とすれ違うというのには違和感を覚える。 昔、この区間の普通列車はスイッチバックを行ったり来たりでやたらと時間が掛かったものだが、前述の通りスイッチバックが廃止されたので勾配は多少きついものの特に特徴のない路線だ。が、スノーシェッドに覆われて昼でも真っ暗な峠駅のホームでは今でも峠の力餅の立ち売りが出ている。30秒という短い停車時間の間に、急いでホームに降りて購入。取り急ぎ1つ取り出して頬張ると、昔ながらの素朴な味が口の中に広がった。 峠を出ると勾配は下りに転じ、電車は左右にカーブを切りながら心地よさそうに下っていく。新幹線が走るだけあって路盤の状態は頗る良い。雨はどうやら上がったようだが、相変わらず夕方のように薄暗い。 関根で[つばさ122号]と交換すると単線になり、目立った勾配もカーブもなくなった。次第に街並みが広がって、ホームで米沢牛が出迎える米沢に到着。 乗り継ぎ時間が45分ほどあるので街歩きを楽しもうと思ったが、残念ながらまた雨が降ってきたので諦め、新幹線が出来て建て替えられたようだがそれなりに味のある駅舎を眺めるに留める。 再入場しようとすると、老夫婦が改札氏に大声で詰め寄っている。どうやら17時26分発の[つばさ90号]に乗るらしいのだが、跨線橋を渡らなければならないのが気に入らないようだ。 米沢駅では、山形新幹線は上下列車とも基本的に改札に面した1番線を使うが、交換列車がある場合は下り列車が跨線橋を渡った2番線を使う。この原則によると[つばさ90号]は上り列車だから交換列車の有無に関わらず1番線を使うように思うが、[つばさ90号]は臨時列車のため、交換相手の定期列車である[つばさ121号]に1番線使用の優先権があるという事らしい。 ま、気に入らないなら臨時列車など選ばんこっちゃな。 入場し、改札脇の駅弁屋を覗く。米沢駅で降りて米沢牛の駅弁を買わないテはない。とはいえ、牛肉ど真ん中や牛肉道場は各地の駅弁大会でも買えたりする(実際に買ったこともある)ので、今回は元祖牛肉弁当をチョイス。この後車内で箸をつけたのだが、肉は勿論のこと付け合せが昔ながらの素朴な味付けで美味かった。 跨線橋を渡って3番線で列車の入線を待つ。17時18分に到着する上り普通列車の折り返し運用なので、跨線橋の近くで良いと思って待っていた。が、17時15分頃に、件の普通列車は4連で来るが2両を切り離して山形寄り(=跨線橋から遠い方)の2両が山形行き普通列車になるとの案内放送がホームに流れる。もっと早よ言えよなぁ!とひとりごちながら、いつの間にか多くの学生連中が屯しているホームを、山形行き普通列車が停まる乗車位置に移動。既に各乗車位置には10名以上の列が出来ていたが、最前部となるドアが来るであろう乗車位置には誰も居ない。停目で間違いないのを確認して待っていると、しっかり目の前にドアが来た。という訳で、何とか前向きシートに着席。 ◆第46ランナー兼番外第11ランナー:奥羽線山形行き普通(米沢17:30→山形18:18) 立つ人ちらほら程度の乗車率で発車。雨はまた上がったようで、少し明るくなってきた。水田を左右に眺めながら快走する。 米沢から17分で赤湯に着く。ここからの縦断ルートは山形鉄道で今泉へ抜けることとなっているが、山形から分岐している左沢線に寄り道するため、乗車を続ける。 左に別れていく山形鉄道の線路を見送ると、こちらも右へカーブを切って車窓は急激に山がちになる。多くのビニールハウスが、山の斜面にしがみつくように設置されているのが見慣れぬ光景だ。 山を抜けると温泉旅館が立ち並ぶ かみのやま温泉に停車。いつの間にか車内は空席も目立つぐらいの乗車率になっている。蔵王山や蔵王温泉とは何ら関係ない蔵王駅に停車すると、急にまた雨が降ってきた。 雨脚が強まる中、夕闇近い山形に到着。 寄り道途中ではあるが、今日の行程はここまで。駅を出ると土砂降りになっていたので、仕方なくデイバッグから折り畳み傘を取り出して差し、予約してあるビジネスホテルを目指して歩いた。
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