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2007年8月16日(木) 6時半過ぎにホテルをチェックアウトして駅へ歩く。今日は朝から細かい雨が降っていて、昨日までのような猛暑でないのはありがたい。駅ビルに内包されたような形の札幌駅ホームは日中でも薄暗い。地平時代の札幌駅は重厚で趣があって、すごく良い駅だったのになぁなどと思いつつ、小樽行き普通列車に乗り込む。 ◆第15ランナー:函館線小樽行き普通(札幌7:05→小樽7:50) 函館線は函館から旭川までが正式な区間であるが、道央と道南を結ぶメインルートは勾配の少ない室蘭線に移り、この先の小樽〜長万部間は普通列車のみが細々と走るローカル線の様相を呈している。今日も些か早起きだったのも、この区間の普通列車が致命的に少ないため。 小樽までは札幌近郊の電車区間で、運転本数も利用者も多い。札幌駅を出ると電車は軽快な足取りで、市街から住宅地を抜けて郊外へと向かう。銭函を過ぎた辺りで平地が尽き、石狩湾沿いに出る。海岸線のままに右へ左へとカーブを切りながらのんびりとした走行が続く。天気が良ければ絶景なのだが、小雨に煙った石狩湾もそれなりに味があってよい。 やがて街並が広がってきて小樽に到着。 ここから先は電化されていないので気動車に乗り換え。ホームでは多くの人が長万部行きを待っている。単行では乗り切れないぞ・・・と思ったが、幸いにして2連だったのでなんとか席にありつけた。 ◆第16ランナー:函館線長万部行き普通(小樽8:07→長万部11:13) それでも多くの人が立つほどの乗車率で小樽を発車。いつの間にか雨脚が強まっていて、周囲の山々からは水蒸気が立ち上って視界が利かない。 昔は特急[北海]や異色の14系客車急行[ニセコ]なども走っていた幹線だが、山線という別名の通り山だらけで沿線人口は希薄だ。駅の周囲はそれなりに町並みはあるが、クルマも人もほとんど見えず、活気が無いというか静かというか・・・。 相変わらずの雨の中、小沢に着く。ここ小沢からは、岩内まで岩内線というローカル線が出ていたが、国鉄末期に廃止されている。あちこち線路が剥がされていて侘しい駅構内に使われなくなった跨線橋が雨に打たれているのを見た瞬間、岩内線の列車に乗り換える際にはこの跨線橋を渡ったのだと、25年前の記憶が鮮明に蘇った。 次の倶知安で9分ほど停車。朝から何も食べていなかったので、改札を出て売店で食料を補給して底入れしておく。天気が良ければ蝦夷富士の異名を持つ羊蹄山が見えるはずなのだが、相変わらずの雨空では仕方がない。ここ倶知安からも、室蘭線の伊達紋別とを結ぶ胆振線というローカル線が出ていたのだが、これもご多聞に漏れず廃止となっている。あちこち線路を剥がされたものだと改めて思う。 倶知安を出ると再び山の中へ突っ込んでいくような感じ。雨はやんだが相変わらず視界が悪く、手近な景色しか見えない。その手近な景色にしても、内地に比べれば見所はあるのだろうが、北海道を一通り巡ってきた目には単調に映る。いつしか空席ちらほら程度の乗車率に落ち着いていて、車内も静かなので睡魔が襲ってくる。幾分退屈しながらも、我慢して睡魔と闘いつつ車窓を眺める。 やがて平地が広がり、ぽつぽつと民家が増えてきて、左から室蘭線が寄り添ってきて長万部に到着。 長万部から先は特急も走る幹線となるが、普通列車の本数は少なくて、乗り継ぎ時間は100分以上ある。取り敢えず駅前の蕎麦屋に入って蕎麦を啜る。この蕎麦を折詰めにした駅弁もあるが、もり蕎麦は蕎麦屋で啜って蕎麦湯も併せて味わうのが楽しい。 食べ終わってもまだまだ時間があるので、内浦湾の海岸まで歩いてみた。曇っていて風も強いので、昨日までのように暑くはない。防波堤に腰掛けて暫し休憩。 12時半過ぎに駅へ戻ると、既に改札が始まっていた。売店で名物のかにめしを購入して入場する。よくよく考えれば、長万部のかにめしを購入したのは25年振りのこと。この後車内で賞味したのだが、当時と変らぬ素朴な味で嬉しかった。 ホームへ降りてみると、函館行き普通列車を待つ人も結構多くて、単行だと座れなさそうだ。さて、どれが来るのかな?と辺りを見回し、遠くの側線で憩っているキハ40の単行を発見。恐らくあれだろうと予想し、停止位置からドアの位置を推測して待つ。 ホームに入線案内が流れると、予想通り件のキハ40が動き出した。乗車位置の案内まではないので、多くの人が横1列で待っていて、3両分以上向こうで待っている人も居たりする。入線してきたキハ40が停まると、後部側のドアは私のすぐ目の前にあった。 ◆第17ランナー:函館線函館行き普通(長万部13:00→函館16:03) そんな訳で悠々と席にありついたのだが、やはり立つ人も多い乗車率で、運転士は函館に近付くともっと混むからと、デッキに置いてあったチャリダーのチャリンコを後部運転台へ移動させていた。 長万部を発車すると、内浦湾沿いをのんびりと走っていく。2つめの国縫という駅からは、日本海沿岸の瀬棚まで瀬棚線というローカル線が出ていたが、これも廃止されてしまっている。私にとって瀬棚線は、車窓から野生のキタキツネが駆けている姿を目撃したということで、非常に印象に残っている路線だ。国縫発車後に右の車窓を注視していたら、明らかにそれと解る廃線跡と茶屋川に架かっていた橋梁の跡が伺えた。 国縫から25分ほどで、特急停車駅の八雲に着く。規模自体はそれほど大きな街ではないが、北海道を一通り巡ってきた目には、結構拓けた街に見えるから不思議である。 この辺りの函館線は、ほとんどずっとと言っていいほど内浦湾に沿って走る。景色は良いが、地図を見ると札幌までずいぶん遠回りしているなぁとも思う。 八雲から約40分で森に着く。10分ほど停車するのでホームに出てみたら、嬉しいことに名物駅弁いかめしの立ち売りが出ていたので衝動買い。白状すると、これまでデパートの駅弁大会や特急列車の車内販売で購入したことはあったが、当地で購入するのは今回が初めてである。恐らく気のせいだろうが、過去食べたいかめしより味が濃くてイカも軟らかいように感じた。 森から先、函館線は駒ヶ岳を避けるように二手に分かれる。この列車が進むのは、駒ヶ岳の東側を通る、距離の長い通称砂原線である。 森を出ると右に本線を見て分岐。海岸線に近いはずなのに、防風林か防雪林なのか針葉樹林の中を走っていく。この辺りで駒ヶ岳が見えるはずなのだが、雲が低く垂れ込めてその特徴ある山容を見せてくれない。昨日までの天気なら見えただろうになと思うと同時に、その分涼しいのは助かっているとも思う。 流山温泉駅のホームに東北新幹線の200系電車が鎮座しているのに驚いたりしていると、森で分岐した本線が右から寄り添ってきて大沼に到着。 大沼を出ると、暫く小沼に沿って走る。小沼の向こうには駒ヶ岳が見えるはずなのだが、やはり裾の部分しか見えない。右に通称藤城線を分岐して大沼トンネルに入る。通称藤城線とは大沼〜七飯間のバイパスルートで、下り列車しか走っていない路線である。 スイッチバックの引込み線がある仁山駅を経て渡島大野駅に停車。セイタカアワダチソウが乱舞するホームに北海道新幹線新函館(仮称)駅 2012年の開業を目指せ!!との看板が立っている。800系に200系のカラーリングを施したようなイラストが滑稽だが、実際問題ここに新幹線が要るのか?と思う。 渡島大野を出ると田園地帯の中、下り勾配を心地よく下って行く。と、右の車窓遠くに函館山が見えているのに気が付いた。臥牛山の別名がある函館山、なるほどこうして見ると牛が寝そべっている姿にそっくりだ。やがて、その眺めを遮るようにオーバークロスしてきた線路が寄り添ってきて七飯に到着。大沼で別れた藤城線であった。 七飯からは駅ごとに人が増え、都心の満員電車に近い状態となり、ただただ我慢の乗車。五稜郭で本州へのメインルートとなった江差線が合流して、終点の函館に到着。長万部からは3時間ほど掛かったが、それほど長くは感じなかった。 駅を出て暫く歩くと、旧函館駅の所在地として函館本線0マイル地点記念碑があり、その横を通り過ぎると青函連絡船記念館摩周丸に行き着く。青函連絡船で活躍していた摩周丸が記念館として改装展示されているのだが、私にとって摩周丸は、最初の渡道の際にお世話になったということで縁浅からぬ船舶である。四半世紀振りに摩周丸に乗り込み、当時の思い出に浸った。 さて、まだまだ先の長い日本列島縦断鉄道旅行だが、一旦ここ函館で中断する。中断地点は、函館駅前に鎮座している赤いorzのモニュメントとした。
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