|
稚内から西大山まで日本列島を縦断するのは良いが、まずは出発地点の稚内へ向かわねばならない。昔は、稚内への鉄路は羽幌線や天北線などもあったのだが、今では旭川から寄り道も出来ない宗谷本線1本のみである。さすがにこれを往復するのは馬鹿馬鹿しいので、稚内へは空路で入ることにした。 2007年8月11日(土) ANA571便は、定刻から10分程度遅れて稚内空港に到着した。激しい風雨のため着陸間際の揺れは相当なもので、背筋にヘンな汗をかいたが無事に着陸してやれやれである。 ボーディングブリッジを渡って、ローカル空港らしい小ぢんまりしたターミナルビルに入る。広島空港からは4時間ほど(羽田でのトランジット時間含む)しか掛かっておらず、あまりにもあっけなく着いてしまったという印象だ。やはり最初に渡道される際には、せめて往路だけでも鉄道を利用して、北海道の『遠さ』を実感してもらいたいものだと思う。 さて、稚内空港からは航空機に接続して稚内市内へバスが出ているのだが、遠路はるばる稚内まで来たのだし、日本縦断の旅への出発でもあるので、日本最北端の地である宗谷岬へ立ち寄っておこうと思う。ところが宗谷岬へ行くバスは、空港には立ち寄らずに国道238号線をスルーしていく。事前に調べたところ一番近いバス停(自動車学校前)までは徒歩20分ほどの道程で、しかもバスの本数は少なくて次の通過は14時06分の予定である。 という訳で、空港ビル内の食堂で昼食を摂って暫しまったりした後、雨に煙る稚内空港を出て自動車学校前バス停目指して歩く。ところが激しい雨風に傘もまともに差せないほどで、まるで台風中継の如きである。こんな強風の中をよく着陸したものだし、あんなに揺れて当然だったよななどと思いつつ、黙々と歩く。 行き交う車も少ない道は、他に歩いている人など全く居ない。なんだかんだで30分ほど掛かって自動車学校前バス停に到着。余裕を持って空港を出たのでバスの時刻までまだ30分程度あるが、周囲に何もない吹きっ曝しのバス停でバスを待つ気にはならない。取り敢えずバスの時刻が間違いないことを確認し、自動車学校の中へ逃げ込んで待機。 宗谷岬経由大岬小学校前行きの宗谷バスは5分ほど遅れてやってきた。乗客は観光客らしき人と地元のばぁちゃんが各々7〜8名という状態。 バスは信号がほとんどない国道を快走し、20分ほどで宗谷岬に到着した。雨脚は幾分弱まったものの、相変わらず強い風が吹き付けているが、多くの観光客が徘徊している。重々承知していたことながら、完全に俗化していて全く面白くない。とはいえ、縁起物だからと土産物屋で日本最北端到達証明証などというものを買い求めたりはしたが。 日本最北端の碑の更に北に立って北の海を眺めると、もう他にすることがない。再びバスに乗車し、稚内市内へ移動。 過去に3度ほど降り立った事がある稚内駅だが、列車からではなく外から来たのは初めてなので、何だか別の駅に来たような印象である。 さて、今宵の宿は駅近くのビジネスホテルを予約してあるのだが、チェックインする前にもう1箇所寄り道する。稚内市内は、宗谷岬とは逆で風はほとんどないが大粒の非常に激しい雨が地面を叩いている。そこいら中が水溜りとなってしまい、スニーカーの中までぐしょ濡れとなって気持ち悪い。ぐじゅぐじゅと音を立てながら北の方へ歩いて行くと、細長いドーム状の構造物が視界に入ってくる。 稚泊ドームと呼ばれるこの構造物は、昔々サハリン(樺太)の南半分が日本の領土だった頃に連絡船への乗換や荷物の積み下ろしが行われていた場所である。 最北の稚内を出発する日本列島縦断鉄道旅行の出発式を執り行う場所は、ここ以外には考えられなかった。実際に動き出すのは明朝だが、缶ジュースを開けて出発を宣言。非常に美しく復元保存されている稚泊ドームを眺めつつ、西大山までの長い長い縦断行程に想いを馳せた。 但し、ドーム内で多くのバイク乗りが雨宿りしていたのには興醒めだったが・・・ |