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電車王国の底辺を支える普通電車たち
Part.9(JR阪和線;和歌山〜天王寺)
天王寺発和歌山行き普通電車

運転系統一覧(取材時のデイタイム1時間当たり運転本数)
 
天 王 寺
熊  取
日 根 野
和泉砂川
和 歌 山
特急くろしお系統
(阪和線)
関空特急はるか
(阪和線/関西空港線)
関空快速
(阪和線/関西空港線)
紀州路快速
(阪和線)
(2)
(2)
快速
(阪和線)
普通
(阪和線)

取材対象列車のデータ
運転区間
中間駅数
走行距離
平均駅間距離
運転時分
表定速度
待避等
天王寺→和歌山
33駅
61.3km
1.80km
117分
31.4km/h
9回

注:赤文字部分をクリックすると、新しいウインドウを開いて写真を表示します。

約2年4ヶ月、9回に渡って楽しんできた電車王国普通電車の旅も、今回が最終回である。私が幼少の頃から馴れ親しんできた阪和線。本シリーズの締め括りとして、最後まで取っておいた。

JR天王寺駅は小高い丘の上に位置しており、ホームは地平と堀割にある。堀割ホームには主に大阪環状線と大和路線の電車が発着していて、阪和線から大阪環状線に乗り入れる特急や関空/紀州路快速が発着するのもこちらである。
地平ホームは、JRとしては珍しい頭端式であるが、これは阪和線の前身が阪和電気鉄道という民鉄であったため。こちらは当然のことながら阪和線専用となっており、掘割ホームへの連絡線が完成してからは、ずいぶん寂しくなってしまった。
以前は南紀への特急/急行が発着し、夜行列車も発着していたのであるが・・・。



2003年4月12日(土)

13時07分、8/9番ホームに熊取からの普通電車が到着し、多くの乗客を吐き出した。この編成が、折り返し13時13分発の和歌山行き普通電車となるので乗車する。
車輌は、阪和線仕様として最高速度110km/hにチューンアップされた、205系1000番台の4連。205系は運転室と客室を隔てる窓が非常に大きく、前面展望を楽しむにはおあつらえ向きの車輌である。

定刻に天王寺駅のホームを離れた205系は、ポイントを渡って下り線に入っていく。車内は立ち客数人程度の乗り具合である。
曇り空の下、徐々に加速して右にカーブを切りながら、大阪環状線と大和路線をオーバークロス。天王寺駅は小高い丘の上にあるので、地平ホームから発車した阪和線の電車は、勾配を登ることなく高架橋の上に躍り出る。
近鉄南大阪線をアンダークロスして、最初の停車駅である美章園に到着。美章園を出ると、勾配を駆け下って地平に降りるのだが、右に真新しい高架橋が出来上がりつつある。阪和線は、美章園〜杉本町間約4.7kmの連続立体交差工事が行われているのだ。鶴ヶ丘など、既にホームが出来上がりつつある駅もあって驚く。

順調に走ってきた普通電車だが、右に寄り添っていた高架橋が姿を消した杉本町では待避線に逃げ込み、後続の特急と快速に道を譲るため6分停車する。杉本町駅構内では阪和貨物線が分岐しているが、現在は貨物列車は走っておらず、年に数回の臨時列車が走るのみ。ただ、レール磨き用に回送列車が1日1往復しており、117系がその任に就いている。

さて、発車時刻が近付いてきたのに、なかなか通過する特急列車が姿を見せない。JR京都線/梅田貨物線/大阪環状線/大和路線と辿ってくるので、どこかで遅れが発生しているのだろう。運転士も、ちょっと遅いな?という表情で後方を見つめている。車掌も、通過列車が少々遅れておりますと車内放送。我が普通電車の所定の発車時刻になって、漸く新宮行き特急[オーシャンアロー17号]がけたたましく通過していった。更に、[オーシャンアロー17号]の後を追うように日根野行き快速が通過。ポイントが切り換わり、出発信号に進行が現示されると同時に発車。自分のせいではないが3分ほど遅れてしまったので、次の待避駅までに回復しなければ、後続の列車にも遅れが波及する。もどかしくポイントを渡り終えて加速を続け、大和川を渡って堺市に入る。

堺市からは切通しの中を行く。三国ヶ丘で南海高野線をアンダークロスし、切通しが終わったら百舌鳥である。車窓からは見えないが、この駅間の右側に世界最大の墓として有名な仁徳天皇陵がある。地図をみてみると、この辺りには仁徳天皇陵以外にも古墳がいくつか点在しているのが解る。
遅れを1分程度までに回復して上野芝に到着。上野芝は、阪和線唯一の通過線にホームがない駅で、ここでも4分ほど停車して特急に先を譲る。待つこと暫し、関空特急[はるか29号]が通過していった。

上野芝を1分半程度遅れて発車。車窓には、徐々に郊外の雰囲気が漂ってくる。
遅れを回復できぬまま、東羽衣枝線が分岐する鳳に到着。ここでは、関空快速と緩急接続が取られる。閑散となっていた我が普通電車に、関空快速から多くの人が乗り換えてきて、さらりと座席が埋まるぐらいの乗車率となった。

1分遅れのまま鳳を発車。再びこまめに停車しながら、徐々に乗客を降ろしていく。そしてまた、車内が閑散としてきたところで和泉府中に到着し、今度は和歌山行き快速と緩急接続が取られる。ここでも、快速から我が普通電車に乗り換える人は多く、また座席がさらりと埋まる。
和泉府中駅は、この3月のダイヤ改正で一部の[はるか]が停車するようになったのだが、申し訳程度にホームが延長されていた。

元民鉄の阪和線は、駅間距離が短い。上表にも記してあるが、平均駅間距離は1.8kmしかない。が、和泉府中から次の久米田までは、この辺りとしては珍しく3.0kmもある。和泉府中の待避線から、本線へのポイントを渡り終わると、我が普通電車は長い加速を続ける。103系ならモーターが悲鳴のような唸りを上げるところだが、さすがに205系1000番台は余裕で96km/hまで加速して惰行に移った。

久米田の次の下松は、阪和線では最も新しい駅。駅前には高層マンションが建ったりしているが、この時間帯の下り電車に乗ってくるのは3名のみだった。
次の東岸和田は快速停車駅だが、ここでは緩急接続はなし。下りホームは非常に狭く、恐らく阪和電気鉄道時代そのままの幅なのだろう。

その次の東貝塚にも待避線があるが、ここでも待避はない。東貝塚は、阪和線唯一の地下道がある駅である。
この辺りから、車窓に緑が増えてくる。また、南田辺からほぼ平坦だったのが、水間鉄道をオーバークロスする辺りから、アップダウンも増えてくる。東佐野などは、山間の小駅を思わすような光景である。

いつの間にか定時に回復して熊取に到着。ここでは、特急と快速の2本待ちとなるので10分も停車する。取り敢えずホームに降りて一服点け、5分ほど経った頃に関空特急[はるか31号]が轟音とともに通過していった。ところが、これでも遅れているのである。所定であれば、今頃は次の関空/紀州路快速が熊取を発車していなければならないのだが・・・。
その関空/紀州路快速がやってきて緩急接続。先ほど通過していった[はるか31号]を東岸和田で待避したため、3分ほど遅れている。我が普通電車に乗り換える人は多いが、さすがにここまで来ると空席も目立つ。
関空/紀州路快速を見送り、ポイントが切り換わって進行信号が現示されたところで発車。一応、熊取は定発であるが、関空/紀州路快速は日根野で解結作業を行うので、その間ホームを占有する。そのため、日根野の場内信号は停止を現示しており、我が普通電車は足止めを食らう。
紀州路快速が日根野を発車していくのが見え、漸く場内信号が警戒現示に変わった。そろそろと動き出し、日根野に到着した時には2分半ほど遅れていた。

阪和線には関西空港線直通列車が多く設定されており、また日根野折り返しの列車も多いので、日根野から先はすれ違う列車がめっきり少なくなる。保安設備も、日根野まではATS-P形なのに対しATS-SW形で、管轄も和歌山支社となっている。
そういった予備知識がなくても、車窓を見るだけで、ずいぶん田舎に来たという印象を受ける。

遅れを少々取り戻し、和泉砂川の待避線に逃げ込んだ。天王寺を、我が普通電車より1時間も後に出た特急[くろしお19号]を待避するのだ。
ところが、また我が普通電車の発車時刻が近付いても、[くろしお19号]はやってこない。天王寺発の快速とJR難波発の関空快速はほぼ定時で来ていたのだから、大阪環状線かJR京都線に遅れが発生しているのだろう。そんなことを考えているうちに、[くろしお19号]が轟音とともに駆け抜けていった。

和泉砂川を2分ほど遅れて発車。ここから先、終点の和歌山までもう待避することはない。次の和泉鳥取で左に大きくカーブを切り、和泉山脈越えへと向かう。桜並木で有名な山中渓は、満開は過ぎたようだがまだ綺麗に咲き誇っていた
頭上を高架橋で行く阪和自動車道と共に、いよいよ和泉山脈を越える。県境を過ぎ、雄の山トンネルを抜けると下りにかかり、自然加速で90km/hまで速度が上がるが、徐々に車窓に民家が増えてきて紀伊に停車。ここからは和歌山へ向かう人も多いので、久々に纏まった乗車があった。

更に次の六十谷でも数十人の乗客を乗せ、紀ノ川を渡ると和歌山も近い。無人駅の紀伊中ノ島を出、紀勢線をオーバークロスし、左から和歌山線が寄り添ってきて、終点の和歌山に到着した。定刻より1分遅れ、天王寺から1時間58分の長い道のりだった。

和歌山に到着した205系1000番台は、折り返し普通電車として、また天王寺へと向かう。
 




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