

高 槻 | 大 阪 | 尼 崎 | 宝 塚 | 新三田 |
||||
|
新快速 (JR京都線/JR神戸線) | 4 | 4 | − | − |
||||
|
快速 (JR京都線/JR神戸線) | 4 | 4 | − | − |
||||
|
丹波路快速 (JR宝塚線) | − | 2 | 2 | 2 |
||||
|
快速 (学研都市線/JR宝塚線) | − | − | 4 | − |
||||
|
普通 (JR京都線/JR宝塚線) | 8 | 8 | 4 | 4 |
||||
運転区間 | 中間駅数 | 走行距離 | 平均駅間距離 | 運転時分 | 表定速度 | 待避等 |
高槻→新三田 | 22駅 | 65.8km | 2.86km | 80分 | 49.4km/h | 3回 |
|
新快速も停車するようになった高槻駅は、デイタイムは緩行電車の半数が折り返している。以前は京都と西明石(一部は須磨)を結んでいた普通電車は、JR東西線の開通に伴う運転系統の変更が行われ、JR宝塚線の新三田へも乗り入れるようになった。 本シリーズのPart.1では学研都市線/JR東西線/JR神戸線の系統を取り上げたので、今回はJR京都線/JR宝塚線の系統を追ってみようと思う。 JR京都線/JR宝塚線の普通電車には、201系/205系/207系の3種の電車が使用されている。制御方式はそれぞれ異なるが、ロングシート車7連という編成は共通である。 2002年10月12日(土) 9時59分、姫路行き新快速から高槻駅4番ホームに降り立つ。降りたホームの向かい側(3番ホーム)で、10時04分発の新三田行き普通電車となる編成が、初秋の明るい陽射しを避けるようにして発車準備をしている。レア車(4編成しかいない)205系を期待していたのだが、207系7両編成で前寄り3両は新車の2000番台。ま、207系なら前面展望も良好だし、しかも新車だし、贅沢は言うまい。 隣の4番ホームから、米原から各駅に停車してやってきた10時03分発の網干行き快速が発車し、やがて出発信号機に減速が現示される。出発反応灯が点灯し、車掌が発車する旨の車内アナウンスをして手笛を吹く。 ところが、JR京都線&神戸線は駆け込み乗車が多く、なかなかドアが閉まらない。結局、定刻から30秒遅れで高槻駅ホームを離れ、JR京都線の内側線に足を踏み入れて行く。 発車後、加速を続けていると、左に並走する外側線に青い車体が姿を見せ、ジリジリと追い越していく。京都を9時51分に発車して倉吉へ向かうスーパーはくと3号で、車内には多くの行楽客らしき姿の乗客が伺える。追い越される方も追い越す方も、複々線なので待避待ちの長時間停車はないし前が詰まって減速する必要もないしで、非常にスムーズである。 ご存知の通り、JR京都線は初代「電車でGo!」に採用された路線で、多くのゲーセンや家庭用TVでお馴染みな前面展望ではあるが、実際には各駅停車でも100km/h程度で走行するほど駅間距離が長く、ゲームではかなり距離が省略されていたのがよく解る。 各駅で乗客が乗り込み、徐々に車内は賑やかになる。新大阪では降りる人も乗る人も多く、新大阪〜大阪が全区間で最も乗車率が高かった。 大阪に到着。高槻からここまでを23分で走破しており、阪急京都線の急行(高槻市→梅田;所要27分)を凌ぎ、特急(同;所要22分)にも見劣らない速達ぶりである。ここでは3分ほど停車して、後続の新快速と緩急接続を取る。また、乗務員もここで交代する。 新快速は、高槻からここまでを14分で走ってしまうのだから、阪急は速達性ではJRに全く歯が立たない。例によって、乗客を満載して到着した新快速から数名の乗換え客を受け入れて、ひと足お先に発車。いつものことだが、新快速は客扱いに手間取っているようだ。 身軽になった我が普通電車は、100km/hまで加速して、気持ちよく淀川を渡る。追い掛けて来ているはずの新快速の姿が見えないまま、塚本駅に停車。と同時に、外側線をけたたましく新快速が通過していった。 神崎川を渡って兵庫県に入ると、地下からJR東西線の複線が顔を出し、堂々の三複線となって尼崎駅に進入。先行していた新快速の後姿が見えるが、こちらがドアを開ける頃には、さっさと西へ駆けて行った。 尼崎では、JR東西線から来た西明石行き普通電車と緩急接続。何度見ても、よく考えられたダイヤ編成だと感心させられる。 尼崎を発車すると、内側線と外側線の間にある高架橋へと駆け上がり、右へカーブを切りつつ内側線と上り線をオーバークロスしてJR宝塚線に足を踏み入れる。この辺り、阪神間を結ぶ鉄道や道路が多いため、南北に進むJR宝塚線は立体交差が多い。左右に阪神工業地帯を形成する工場を眺めながら、名神高速道路,阪急神戸本線,山陽新幹線と次々にアンダークロス。車窓に民家が目立つようになると伊丹市内で、猪名川の対岸にある大阪空港から飛び立った航空機も見える。 中国自動車道をアンダークロスし、左にカーブを切って猪名川と別れると川西池田に到着。ここで、学研都市線の木津からやってきたJR東西線経由宝塚行き快速と緩急接続を取る。 ところが、実際に乗り換えたのは10人も居ただろうか、思ったより乗客の入れ替わりは少なかった。尼崎を出てからは空席も目立つようになり、快速も立つ人がチラホラ見えるぐらいの乗り方である。 慌しく発車していく快速を見送り、閉塞が開くのを待って発車。ここから先は、もう追い越されることはない。住宅街を縫うように走り、阪急宝塚本線をアンダークロスして宝塚に到着。大阪からの所要時間は33分で、阪急宝塚線の急行(梅田→宝塚)と全く同じである。 宝塚からは武庫川に沿って山へ分け入っていく。昔の福知山線は、武庫川の流れのまま右へ左へとカーブを切って、飽きることのない鄙びた車窓を満喫出来たのであるが、複線電化の際に全くの新線が敷設されたので、長大トンネルでどんどんショートカットして行く。鄙びた車窓は失われてしまった見返りに、驚異的な到達時間の短縮が達成されたのだが、嵯峨野観光鉄道のような形で、旧線を残すことは出来なかったのか?と惜しまれる。 長大トンネル区間には、西宮名塩駅と武田尾駅がある。どちらも、ほんの少しの明かり区間に位置していて、西宮名塩は2両分ぐらい、武田尾に至ってはホームの半分近くがトンネルの中にある。先頭車両に乗っていると、どちらもトンネルの中で停車するので、ドアが開くと少し薄気味悪く感じる。 トンネル区間が終わり、武庫川の渓流が車窓に展開すると道場に着く。すごい山の中という印象を受けるのだが、意外にもここは神戸市内である。但し、道場駅は神戸市内駅には組み入れられていない。 更に武庫川に沿って遡上し、左から神戸電鉄の線路が寄り添ってきて三田に到着。未踏破の公園都市線直通電車が停車しているのが見えるが、今日は乗り換える訳にはいかない。またそのうち、神戸電鉄公園都市線踏破のために、ここを訪れる日が来ることだろう。 三田を出ると最終区間。黄金色に輝く水田を突っ切って、終点の新三田駅に到着。非常に短く感じた80分であった。というか、50km/hに近い表定速度は普通電車のレベルではないと思う。 新三田で9分間の休息を取った207系は、また京都へ向かって発車する。京都に着けば西明石へ、西明石からはまた高槻へと、普通電車は休む間を惜しむかのように疾走を続けるのだ。 |