滋賀県外周インデックスへ戻る
インデックスへ戻る
トップへ戻る

滋賀県外周気まぐれ列車
Vol.2:八日市〜信楽〜貴生川〜草津〜石山寺〜大津
(忘るることなかれ悲惨な列車事故)

信楽ではタヌキがお出迎え
信楽ではタヌキがお出迎え

注:赤文字部分をクリックすると、新しいウインドウを開いて写真を表示します。

2001年6月16日(土)


近江八幡から米原行きのガチャコンに揺られて、中断地点としていた八日市駅にやってきた。『滋賀県外周気まぐれ列車』は、前回 5月26日の行程で全体の半分強を消化しており、順調に行けば今日中に終点の大津駅にたどり着く予定となっている。

中断地点としていた、八日市駅改札横の自販機前に歩を記し、改札を出て街へ出てみる。小奇麗な駅前広場に突き当たる道と、駅と平行に走る道がT字形交差点を形成しているのだが、珍しい事に信号機が設置されていない。確かにクルマの通行量は多いとは言えないが、左右を確認して駅前通りを歩く。
梅雨時期だが、比較的湿気は少なくて、曇り空で風も強めなので、少し肌寒い。綺麗な街並みではあるが、これといって見るところもなく、さっさと駅へ戻ってきた。というのも、近江鉄道の八日市駅は、Vol.1で訪れた京阪坂本駅と同様に『近畿の駅百選』に認定されていて、これも前回の行程で、多賀大社前駅で入手した「OH・Ming」によると、駅前にはカリオンがあって、8時・11時・13時・15時・17時にメロディを奏でるらしい。そこで今日は、11時のカリオンを聞いてスタートする事と決めていたからだ。

ガラスがふんだんに使われて、明るい印象の八日市駅舎は、辺りの風景に溶け込んでいて非常に好感が持てる。自宅の最寄駅がこんな駅だと、みんなに自慢出来るのに・・・などと思いつつ、一服しながら11時を待つ。
駅前のカリオンは、季節によって奏でる曲目が変わるとの事なので、何の曲が流れるのか楽しみにしていると、11時の時報と同時に『♪私ゃ音楽家、山の子リス〜』が流れ出した。とても澄んだ音色で、普段の生活でギスギスしている心が癒されるように感じる・・・。
とても良い気分になり、駅に入って改札を抜けると、11時05分発の貴生川行きガチャコンが発車準備を整えていた。

座席がサラッと埋まる程度の乗車率で貴生川駅をあとにした単行のガチャコンは、吊り掛けモーターの唸りを響かせながら、65km/h程度の速度で淡々と走る。本線の、新幹線と並行する部分では、80km/hを超える速度で快走していたガチャコンも、アップダウンが多くて少し線形も良くない八日市線では、のんびりとした走りだ。八日市線は停留所が多く、こまめに停車するが、乗降客は数人ずつあって、それなりに地域に密着した交通機関として機能しているように見える。
朝日野から日野までは、レールは短いもののPC枕木が使われている。バラストの色も異様に白く、ローカル民鉄としてはしっかりした保線が行われているように思う。日野を出ると、一気に山の中へ分け入るような感じになって、そろそろとトンネルに突っ込んで、小さな峠を超える。
水口あたりは比較的民家が多いものの、沿線は田畑が多くて野良仕事に精を出す老人の姿が各所に見られる。そんな典型的な田舎の情景を楽しんで、定刻の11時42分に貴生川駅に到着した。



貴生川からは、信楽高原鐵道で信楽まで補足往復。信楽高原鐵道は、元国鉄の信楽線で、私は国鉄時代に乗車した事があるのだが、今回が約20年振りの乗車となる。橋上駅舎の貴生川駅は、近江鉄道はホームに別の改札が設けられているが、JRと信楽高原鐵道は共通の改札口となっていて、国鉄時代そのままだ。しかし、JRはJスルー対応になっていて、信楽高原鐵道に乗車する際は、改札の横にある発行機から乗車駅証明証を取って、有人改札を通らなければならない。

ホームに下りてみると、乗り場も国鉄時代と変わりなく、JRと同じホームに並んで発着している。
11時50分発の信楽行き列車は、セミクロスシート車の2連。貴生川駅を発車すると、右にカーブを切ってJR草津線と別れ、33%の上り勾配に挑む。昔は、キハ58+キハ58という強力編成でも喘ぐように登っていたと記憶しているのだが、さすがに3セク化を期に導入された新車は、60km/h程度の速度で力強く上って行く。

右へ左へカーブを切りながら高度を稼ぎ、上り勾配から下り勾配に変わる僅かな平坦地に、上下列車が交換出来る信号場があるのだが、待避線側のレールは錆が浮いており、信号機も横を向いていて全く機能していない。
1991年に信楽町で開催されていた世界陶芸祭は、主催者サイドの予想を大幅に上回る入場者が訪れるほど好評で、信楽高原鐵道は連日 陶芸祭への乗客を満載して運行していた。件の信号場は、全線が1閉塞区間であった信楽高原鐵道の輸送力を増強するために設置されたもので、陶芸祭期間中は京都からJRの直通列車も運転されていた。
5月14日、この日も多くの乗客を乗せていたJRの直通列車は、この信号場で交換するはずだった信楽高原鐵道の列車が来ないまま、進行信号に従って信楽へ向けて走行していたのだが、10時35分頃、紫香楽宮跡駅の手前で信楽高原鐵道の貴生川行き列車と正面衝突。42名の尊い命が失われ、600名以上が負傷するという大惨事となってしまった。
事故の原因は、信楽高原鉄道の列車が信楽駅を発車する際に、出発信号機が故障し、停止現示から進行現示に変わらなくなり、信楽高原鐵道幹部が運転台に乗り込んでATSを解除して若干の遅れで発車させたという、全く情けないものだった。
しかし、いくら信号無視であったとはいえ、信楽から列車が発車しているのに、なぜ信号場の信号機が進行を現示していたのかは疑問だが・・・。
大盛況だった世界陶芸祭は、まだ11日間の会期を残してのだが、事故の翌日をもって打ち切られた。事故の影響で不通となった信楽高原鐵道が復旧したのは、同年の12月8日。件の信号場はその後使われることなく、今では1閉塞をタブレット方式で行ったり来たりしているのみである。
(本項 参照文献:種村直樹氏著『日本縦断JR10周年の旅』徳間書店刊)
線路脇に事故の慰霊碑がチラリと見え、貴生川から14分ほどを要して、ようやく最初の停車駅である紫香楽宮跡駅に停車。3セク後に設定された新しい駅で、森林に囲まれた非常に静かな雰囲気の駅。
次の雲井駅から60名ぐらいの小学生が乗ってきて、車内は一気に賑やかになる。今日は第3土曜なので、恐らくこの列車で下校するのだろう。小学生の集団は、次の勅旨駅で全員下車。嵐のようにやってきて、嵐のように去って行ったような印象。
平坦となった路盤を70km/h程度で快走し、沿線に民家が増えてくると終点の信楽駅も近い。
信楽駅ホームでは、多くのタヌキの焼き物が並んで出迎えてくれていた。信楽は、世界陶芸祭を開催するほど陶芸の盛んな町で、特にタヌキの焼き物で有名である。
改札口で、貴生川駅の乗車駅証明証を示して450円を払って出ると、駅舎内に前述の事故車両部分が展示されている。駅舎内に事故車両部分が展示されるなどどいう事は、非常に稀なのだが、遺族たちの強い要望で、二度とこのような列車事故を起こさないという思いと、事故の風化を防ぐために展示してあるらしい。キハ58のひん曲がった車両形式表示部分などを見ると、事故の衝撃と凄まじさがひしひしと感じられ、ちょっとブルーな気分になったりもする。

気を紛らわそうと駅舎を出てみると、巨大なタヌキが目の前に立っていて驚く。町はやはり焼き物屋が多く、あちこちにこれでもかとばかりにタヌキの焼き物が並べられていて、そのうちタヌキ酔いしそうになる。(^_^;) 町役場の入り口でも、タヌキが門番をしていた。
いつの間にか太陽が顔を出し、歩いていると汗が流れてくるほど気温も高いのだが、湿度はそれほど高くないので日陰に入ると風が心地よい。信楽伝統産業会館なるものを発見して入ってみる。やはり焼き物に関する展示品が多く、直径122cmという巨大な湯飲み茶碗に驚いたりする。(館内は撮影禁止だったので、画像がないのを了承願いたい)

そろそろ昼時なので、どこかで昼食を摂りたいと思いつつ歩いていたのだが、入りたいと思う店が見つからないまま次の貴生川行き列車の発車時刻が近づいたので駅へ戻る。
信楽駅の駅舎は、背後に山並みを控えた可愛らしい駅舎で、建物自体は新しいものの、信楽の伝統文化を今に残す雰囲気だけは色濃く残している。

駅舎に入り、自動券売機で貴生川までの乗車券を購入すると、食堂の食券のような乗車券が出てきた。13時21分発の貴生川行き列車は、下校の高校生が多いもののまだまだ空席がある状態。気温が高く、冷房も効いていないので、ボックス席に座って窓を開けると、冷たい風が吹き込んで来て心地よい。各駅で少しずつ学生を降ろしながら、のんびり走って貴生川へ帰って来た。



4分接続で草津行きの電車があるのだが、これには乗車せず駅前に出てみる。貴生川駅は橋上駅だが、三角を基調にしたデザインが個性的な駅だ。4方向にレールが延びる鉄道の要衝ながら、駅近辺は静かなもので、駅前の喫茶店に入って昼食を摂る。

駅へ戻ってホームへ下りると、草津からの当駅止まりの電車が到着するところだった。これが折り返し14時20分発の草津行きとなるので乗車する。
113系4連のリニューアル車は、223系2000番台と同様の転換クロスシートが採用されている。前面展望が良くない113系なので、転換クロスシートに身を委ねて車窓を楽しむ事とする。
貴生川を出ると、車窓の大部分を水田が占め、鮮やかな緑に太陽光が反射して眩しいぐらい。石部を過ぎると、採石の跡が痛々しい奇怪な山並が見え、名神高速道路をアンダークロスして住宅地の中へ分け入って行く。新幹線の高架橋をくぐって左にカーブを切ると、東海道本線の複線に寄り添って草津駅に進入。

やはり東海道線の駅ということで、草津駅では今日一番の混雑を味わう。人波に揉まれながら跨線橋を渡って、東海道線下りホームへ向かう。
14時49分発の網干行き快速(高槻まで各駅停車)は、221系の6連。草津から西明石までは複々線となっており、快速(普通)は内側線を走行する。概ね90km/h程度まで加速して惰行に移り、減速して停車という事を3回繰り返して石山駅に到着。6連なので車内の混雑を心配したのだが、この辺りならまだマシで、京都から先は大変になるのだろうなと思いつつ下車。



石山駅の南口は、狭い場所にタクシー乗り場とバス乗り場が併設されていて、ちょっと忙しない雰囲気。さて、京阪石山坂本線の駅は?と探すまでもなく、バス乗り場の向こうに発見。交通量の多い道を渡り、石山寺までの乗車券を買ってホームに上がると、ほとんど待つ事もなく石山寺行きの電車が入線してきた。ここから、石山寺まで補足往復。

京阪石山坂本線は、Vol.1で乗車した浜大津から繋がる路線で、小ぶりな2ドアロングシート車2連で運行されている。石山駅を出ると、右に左に急カーブを切って国道1号線をアンダークロスして南へ進路を取ると、のんびり走って唐橋前駅に停車。あとは終点の石山寺まで直線が続く。
新幹線の高架橋をくぐる頃、車掌が車内を回ってきて乗車券を回収。坂本駅と同様に無人駅かな?と思ったが、石山寺駅では出札業務のみ行っているみたい。
石山から約3分で石山寺駅に到着した電車は、折り返し坂本行きになるのだが、これには乗車せず少し歩こうと思う。

石山寺駅からは、文字通り石山寺も近いのだが、Vol.1でも延暦寺と多賀大社を訪れており、寺社仏閣はもういいだろう。という事で、瀬田の唐橋を見に行く。

石山寺駅は瀬田川の川っぺりにあり、小ぶりな電車が停車している光景は、なかなか絵になるな。などど思いつつ、交通量の多い国道422号線を渡って瀬田川沿いの道へ出ると、なにやら古風な絵が描かれたモニュメントを発見。モニュメントは噴水になっていて、なかなか涼しげでよろしい。で、このモニュメントは何なのか?と思いながら辺りを見回すと、紫式部の泉という看板が見えた。どういう謂れがあるものか説明文がなかったのは惜しいが、古文に詳しい方には紫式部と瀬田の関係は常識なのだろうと、自分の無知度を無視しておく。(-_-;)

相変わらず陽射しが強くて暑いのだが、瀬田川沿いの道は適度に川風が流れていて心地よい。大学の漕艇部と思われるカヌーやボートが行き交う瀬田川を眺めながら、のんびり10分ほど歩いて唐橋に到着。
中州に渡って下から見上げれば、なかなか情緒ある橋なのだが、上は交通量が多い普通の橋で、対岸に渡る気は起きず、しばらく中州で休憩するのみ。

ここまで来れば、石山寺駅に戻るより唐橋前駅の方が近い。
唐橋前駅から坂本行きの電車に乗り、再び賑やかな石山駅へ戻ってきた。



さて、いよいよ滋賀県外周気まぐれ列車も、終点が近付いてきた。
15時43分発の網干行き快速(高槻までは各駅停車)は、221系の12連。6連では輸送力が不足気味だが12連では充分過ぎるので、特に先頭車の乗客は10名ほど。運転席直後に立って、滋賀県外周気まぐれ列車の最終ランナーの前面展望を楽しむ。
石山駅を出ると、左に見えていた京阪石山坂本線のレールが、頭上を超えて右へ消えて行く。緩やかに右へカーブを切ると、既に膳所駅のホームが遠くに見えており、比較的駅間距離は短い。膳所では再び、右側に京阪石山坂本線のレールが見える。
膳所から大津までの駅間距離も意外と短い。85km/h程度まで加速すると、すでに大津駅ホームは近く、221系12連の快速列車は、滑るようにホームに進入して停目に鼻を揃えて停車した。
逢坂山トンネルへ向かって発車する堂々12連の221系を見送って、なんとなく上りホームに目をやると、青いボールが乗っかったようなモニュメントらしきものが見える。気になってホームを移動して近くまで行ってみると、北緯35度線のモニュメントだった。傍にあった案内文によると、ここ大津駅は北緯35度線上に位置しているらしく、JR琵琶湖線開業100周年を記念して設置されたモニュメントらしい。
出来ればこのモニュメントは、滋賀県外周気まぐれ列車の出発日に紹介しておきたかったと思いつつ、改札を出てコンコースで一服つけながらお茶して、ささやかながら打ち上げ式。
と、自動券売機の列の横に、Jスルーカード専用自販機を発見。このような自販機を見るのは初めてで、自動券売機などに並んでJスルーカードを買うのが億劫に思っていただけに、ありがたいと思う。しかし、釣銭は出ないとの事で、万札を使えないのはちょっといただけない。小さく「テレホンカードではありません」と書いてあるのはご愛嬌。



という訳で、滋賀県外周気まぐれ列車は日帰り2回で無事に終了した。大阪府とは違って列車本数が少ないので、好接続を逃すまいと街歩きも少なくなったが、ローカル線が多かった分、車窓の楽しみは多かったし、ローカル私鉄の近江鉄道も存分に楽しむ事が出来て満足している。

さて、TTTの外周気まぐれ列車は、引き続き奈良県に舞台を移して楽しむ予定となっている。
 

Vol.1のレポートへ


滋賀県外周インデックスへ戻る
インデックスへ戻る
トップへ戻る