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大阪市外周気まぐれ列車
Vol.3:大阪阿部野橋〜針中野/駒川中野〜長原〜田辺/南田辺〜長居〜
      我孫子/杉本町〜我孫子町/我孫子前〜住吉東/神ノ木〜我孫子道
(高さ制限1.4m?)

花壇が美しく整備されている長居公園外周路
花壇が美しく整備されている長居公園外周路

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2003年6月21日(土)

大阪市外周気まぐれ列車は、前回の第2回までの行程で近鉄南大阪線の起点である大阪阿部野橋に到達し、中断している。
JRの天王寺駅から地下の連絡通路を通り、中断地点としていたジューススタンドでミックスジュースを一杯飲み、大阪市外周は約3ヶ月半振りの再開となった。

大阪阿部野橋駅は5面4線の頭端式ホームの駅で、近鉄百貨店のビルに内包されているので昼でもちょっと薄暗い。まずは9時51分発の藤井寺行き普通電車に乗車し、移動を始める。
定刻に大阪阿部野橋駅を発車し、建物の外へ出る。梅雨の中休みで、雲の切れ目から太陽が顔を出していて眩しい。地平に位置する大阪阿部野橋駅から、高架橋へと急な勾配を駆け上がる。高架のJR阪和線をオーバークロスするので、この辺りは飛び抜けて高いところを走る。JRと交差する位置にある河堀口を出ると下りに掛かり、緩やかに右カーブを切りながら少しずつ高度を下げていくと、右下には阪和線の美章園駅が見える。
さて近鉄南大阪線は、音楽館のTrainSimulatorに採用された路線で、乗る機会は少ないものの前面展望には見覚えある光景が多い。通過線にホームがない今川で暫し停車し、藤井寺行き準急に先を譲る。

10時00分、針中野に到着。予想以上に降りる人が多く、地平へ下りる階段が渋滞するほど。改札を抜け、高架下の自由通路から出てみると、高架橋に沿う狭い道を多くのクルマと人が行き交っていて賑やかである。
さてここからは、地下鉄谷町線の駒川中野駅まで徒歩連絡。近鉄の高架橋に沿って歩いた方が近いが、針中野の駅前から伸びる商店街に入ってみる。と、まだ10時を回ったばかりだというのに、非常に多くの人が行き来している。また各店の陳列が道路にはみ出しているので、とても普段のように歩ける状態ではないが、辺りを眺めながら活気溢れる商店街を歩くのは楽しい。何気に面白い光景も転がってるし。

どこまで続くかと思いつつ歩いてきた商店街が終わると、広い道に出た。横断歩道の先に、駒川中野駅への連絡通路の入り口が見える。てっきり、地下にもぐってそのまま駅に繋がっているものだと思っていた連絡通路だが、阪神高速14号松原線の駒川ランプ入出路をくぐると上りに転じて地上に抜け、その先に駒川中野駅の改札があった。大阪府外周Vol.5で訪れた岸里駅でもそうだったが、地上に改札がある地下鉄駅には違和感を覚える。

駒川中野からの外周ルートは、地下鉄谷町線で田辺に向かうのだが、その前に長原まで補足往復。谷町線は大阪市営地下鉄で最も長い路線で、ベテランの30系や20系も活躍しているのだが、10時21分発の八尾南行きは新20系の22系だった。今年、大阪市交通局は市営交通100周年を迎えるので、車輌前面にはそれを記念するステッカーが貼られている。
例によって、忙しないVVVFの唸りを響かせながら暗闇の中を走る22系。この辺りの谷町線は、右へ左へと急カーブが多い。地下鉄は基本的に道路の直下にしか敷けないので、恐らく幾つもの交差点を右左折しているのだろう。

駒川中野から10分程度で長原に到着。谷町線はこの先で八尾市に出てしまうので、ここで下車。改札を抜け、階段をえっちらおっちら上って地上へ出ると、そこはクルマがうるさく行き交う府道2号線の歩道脇で、近畿自動車道の高架橋も見える。取り敢えず歩き出して脇道に入ると、林立する市営住宅が見えてきた。昭和40年代の高度成長期に雨後の筍の如く建設された、エレベーターもない5階建ての団地である。私の実家の近所にも似たような団地があるが、ここの方が規模が大きい。さて、団地など眺めても面白くないなと思って駅へ戻ろうとしたのだが、先の歩道にカラフルなビーチパラソルと人だかりを発見し、近付いてみる。人だかりの原因は生鮮野菜の出張販売で、スーパーなどでは見られないような立派な夏野菜が並べられていた。



長原発11時00分の大日行きは、またしても22系。なかなか美味しい車輌に当たらない。
最初は空席も多かったのが、各駅での乗車が多く、90%近い乗車率になって田辺に到着。ホームに降り立ち、階段を上がろうとしたのだが、どういう訳か途中で階段の幅が半分ぐらいに狭くなっている。あまりにも人の流れを無視した造りだなと思いつつ階段を上り終えて振り返ると、あとから設置したエレベーターが通っているのだと解った。バリアフリー対策も結構だが、もうちょっと考えて設計してもらいたいものである。
改札を抜けると、目前に外の景色が広がっている。田辺も地上に改札がある地下鉄駅だったのだが、阪神高速のガード下を上手く活用している。

さてここからの外周ルートは、ちょい乗りと徒歩連絡の繰り返しとなる。気合を入れ直して、まずは阪和線の南田辺駅を目指して歩く。
ところで、田辺駅から南田辺駅に行くには、南へ歩けば良いように思えるが、田辺のつく駅は位置関係がややこしいので、そう甘くはない。北田辺(近鉄南大阪線)と田辺(地下鉄谷町線)と南田辺(阪和線)の3駅が一直線上にあるのは良いのだが、その延長線上に何故か西田辺駅(地下鉄御堂筋線)があったりする。つまり、北-本家-南-西の順で一直線に並んでいるのだ。この直線は北東〜南西に延びているので、田辺から南田辺へは南西に向かわなければならないのだが、直進できる道がない。まずは西へ歩いて、南北に走る阪和線の線路沿いに出ようと思う。

住宅地の中を行くセンターラインもない細道は、クルマもたまにしか通らず歩行者の天下である。道が狭いせいもあってか風がないので、非常に蒸し暑い。やがて、前方に阪和線の高架橋が見えてきたが、ずいぶん中途半端な高さを横切っている。線路際までやってきて驚いた。ガード下の高さ制限は、なんと1.4m(!)である。当然、ワンボックス車など背の高いクルマは通れないが、計算上は通れるはずの私のクルマでも、ここを通るのは無理のように思えてしまう。直前まで行ってみると、ガードの下端は私の肩よりまだ低い位置にある。一瞬、リンボーダンスでくぐってみようか?という衝動に駆られたが、複線分の幅があるのでやめた。とはいえ、気の置けない仲間と同行していれば、恐らく挑戦していたものと思われる。(^_^;)
ガードの背後には、真新しい高架橋が聳え立っている。阪和線の連続立体交差化は2005年度完成予定である。

今後は低い高架橋に沿って歩いていくと、徐々に線路が低くなって地平に降りてきた。やがて、南田辺駅のホームが見える位置に来たのだが、背後の高架橋には既に新南田辺駅ホームの上屋を形成すると思われる骨組みが姿を現していた。
さて、南田辺駅の駅舎(改札)は鳳寄りにあるので、線路際の商店街を抜ける。が、高架工事の影響もあるのか、閉まっている店も多くて寂しい。とある店で、どないして入れてん?と思うようなガレージを発見したりしながら、南田辺駅に到着した。

さて、次の下り普通電車は?と時刻表を確認していると、日根野行き普通電車がホームに入ってきた。一瞬、乗ろうかな?とも思ったが、財布からJスルーカードを取り出した時には、2台しかない自動改札機が下車客で溢れてしまい、とても改札を抜けられそうにない。そうこうする内、電車は発車して行った。私は急ぐ旅ではないから良いが、一般利用者が同じ状況になれば酷く迷惑と感じることだろう。自動改札機は、せめて1台は入場専用に設定しておいた方が良いのではないか。駅舎が手狭だというのは、言い訳にはならない。ま、高架化で新駅に移ることが決定しているのだから、それまではなんの改善もするつもりはないだろうが。



次の11時41分発の和歌山行き普通電車に乗車。103系の6連であるが、車内は適度に冷房が効いていて心地よい。が、2駅乗っただけの長居で早くも下車しなければならない。外周ルートは、長居で交差する大阪市営地下鉄御堂筋線に移るからだ。
南田辺から続いていた高架橋は、長居駅構内で少しだけ途切れている。今は待避設備がある長居駅だが、高架化されると相対式ホームの停留所に格下げとなる予定である。
歩道にしか出られない仮駅舎を出、再び歩き出す。といっても、JR長居駅と地下鉄長居駅は乗換駅になっているので、表通りに当たる府道28号線に出れば、地下鉄駅入り口の階段が目に入った。

地下鉄に乗る前に、府道を渡って長居公園へ行ってみる。長居公園は、陸上競技場や球技場がある大阪のスポーツ聖地である。園内に入って暫く歩くと、遠くに長居スタジアムが見えてくる。雲の合間から太陽が顔を出し、風もやんだので非常に蒸し暑い。スタジアムの近くに噴水広場を発見し、横の木陰で休憩。この噴水はどうやらコンピュータ制御になっているらしく、規則的に水を噴出しては止めを繰り返している。
持ち歩いているうちにホットになってしまったペットボトルのお茶で喉を潤し、綺麗に整備された花壇の花を眺めながら、公園の周回路を抜けて地下鉄の長居駅へ戻ってきた。

地下に下りて陽射しから逃れると、さすがに涼しい。12時21分発の中百舌鳥行きに乗車。昼間でも混雑することで有名な御堂筋線も、この辺りまで来れば空席もちらほら見える。
またもや、たった2駅乗っただけの我孫子で下車。このまま乗っていると、大和川をくぐって堺市に出てしまう。我孫子は、以前は終点だった駅で、ホームの壁に見慣れぬタイプの駅名票が設置されている。デザイン自体は見慣れたものだが、サイズが異様に小さいのだ。他の駅では、このような駅名票は見たことがない。

さてここからは、JR阪和線の杉本町までまたしても徒歩連絡。地上は相変らず暑く、太陽が真上から照り付けている。よくよく考えれば、明日は夏至である。
交通量の多い府道28号線を離れて側道を歩いて行くと踏切に行き当る。一瞬、こんなところに鉄道路線あったかな?と思うが、阪和貨物線である。昔の阪和線は頻繁に貨物列車が走っており、杉本町からこの貨物線に抜けていた。しかし今となっては、このルートを走るのは極稀に設定される臨時のイベント列車のみである。とはいえ1日1往復、レール磨き列車が王寺〜鳳に設定されていたりするのだが。
そんな訳で、列車本数は非常に少ない踏切ながら、さすがに現役なので設備はシッカリしている。が、おねがい看板に事故・故障の際の連絡先として書かれている杉本駅て、どこ? 恐らく杉本町駅の間違いだと思うが、非常ボタンの説明看板にも同様に書かれている。まぁ、地元民には杉本駅で通じるのだろうが。

踏切を渡って右に折れる。大阪市立大学のキャンパスが近いからだろう、学生相手らしき店が建ち並ぶ道を10分ほど歩くと、阪和線の踏切が見えてきた。と、その直前に阪和貨物線の踏切があり、レールはカーブを切って杉本町駅構内へ延びていた。杉本町駅は海側にしか入り口がない。大阪市立大学は山側にあるので、通学ラッシュの時間帯は大変だろうと思う。可愛らしい駅舎に入ると、改札は2階にあった。こういった駅こそ、橋上駅にすればいいのにと思う。



昔は「杉本町行き」なーんて普通電車も走ってた阪和線。杉本町は普通電車が快速を待避するダイヤが多く、特急と合わせて2本待ちも散見される。その2本待ちだったかどうかは解らぬが、ホームへ下りていったのは発車時刻の3分前だったが、12時55分発の天王寺行き普通電車は既に停車していた。しかも嬉しいことに、レア車205系1000番台である。乗りたい車輌に乗れない大阪市外周とぼやいていたが、ここにきてやっと当たりを引いた。

杉本町駅は、例の連続立体交差工事区間の終端で、発車して暫くすると左に高架橋が立ち上がりだす。恐らく、今は緩やかに右カーブを切っている部分を直進して、高架橋に駆け上がっていくのだろうと思われる。
僅か2分の乗車で我孫子町に到着。せっかくの205系1000番台ながら、ひと駅間だけの乗車に終わる。

高架工事のため仮駅舎で営業中の我孫子町駅から、南海高野線の我孫子前までまたまた徒歩連絡。この辺りは住宅地が広がっていて、下校中の学生の姿も多い。また、チャリンコおばさんの姿も多く目に付くと思ったら、大型スーパーが見えてきた。
更に住宅地の中を歩いていくと南海高野線の線路に行き当たり、左に折れて暫く行くとずいぶん草臥れた駅舎の我孫子前駅に到着。

13時25分発の難波行き各駅停車に乗車する。南海は、弱冷車でも他社の通常冷房車ぐらい冷房が強いことで有名で、蒸し暑い街中を歩いてきたのに、あっという間に汗が引いた。そして、たった二駅乗っただけの住吉東で下車。
乗降客が少なく非常に静かな住吉東駅の駅前は、狭い裏通りに面していてひっそりしている。今日は賑やかな道ばかり歩いてきたので、これほど静かだと気持ち悪い。暫く歩くと、小さな公園を発見。すっかり生暖かくなってしまった持参のペットボトルのお茶で喉を潤しつつ休憩するが、やはり静か過ぎて却って落ち着かない。
再び歩き出すと南海高野線に沿う道に出、前方に南海高野線をオーバークロスする阪堺電軌上町線のガードが見えてきた。ガードの脇にある階段を上ると神ノ木電停である。電停の脇から、南海高野線の電車が走っていくのが見下ろせる。

13時48分発の我孫子道行き電車に乗車。右に左にカーブを切りつつ、そろそろと勾配を下って住吉に到着。ポイントが切り換わるのを待って発車すると、併用軌道の阪堺線に乗り入れていく。左に住吉大社の鳥居を眺め、注意深く併用軌道を進む。併用軌道が終わって専用軌道に入ると、右にカーブを切って細井川に停車。細井川からは一直線の軌道を元気にすっ飛ばす。モ601形特有の、ぷぃ〜んというモーターの唸りも耳に心地よい。
モ601形の走りを満喫し、終点の我孫子道電停に到着した。


さて、まだ14時を回ったところだが、大阪市外周は歩いてばかりなので疲れる。ここから先もまた徒歩連絡となるので、今日はここまでとしよう。我孫子道電停1番ホーム脇の踏切警報機を中断地点に定めた。
 

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