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和歌山線廃線跡&水軒駅見聞+α

南海和歌山港線の終点、水軒駅。
南海和歌山港線の終点 水軒駅。なんもないぞ〜!(爆)

注:例によって、赤文字部分をクリックすると新しいウインドウを開いて写真を表示します。

TTTでは、8月13日に山口県で開催されました「Hyper Train Network」主催のオフ会に参加するにあたり、交通費節約のために青春18切符を利用し、8月12日京都発の臨時夜行快速『ムーンライト九州』で西下する事とした。
せっかく青春18切符を利用するのだから、『ムーンライト九州』の京都駅発車時刻である21時33分までの時間を有効に活用すべく、以前より計画していた取材を敢行した。



2000年8月12日(土)


夏季休暇中で実家に滞在している私は、最寄駅である和泉橋本で青春18切符に日付印を捺印してもらい、12:59発の和歌山行き普通電車(103系4連)に乗り込んだ。
阪和線を利用すると、大抵は快速に乗り換えるのだが、今日の第一目的地は快速が停車しない紀伊中ノ島なので、コトコトと103系普通電車に揺られる。

途中、熊取で関空快速に、和泉砂川で和歌山行き221系快速に先を譲り、45分もかかって紀伊中ノ島駅に到着。快速は全ての座席が埋まって立ち客もいるほどの盛況だが、我が普通電車は空席が目立つほど閑散としていた。

さて、なぜ紀伊中ノ島などという辺鄙(阪和線でJスルー非対応なのは、ここと山中渓だけ)な駅で降りたかというと、2月の113系快速取材時に帰りの紀州路快速車中から見た光景が気になっていたからである。紀伊中ノ島駅を通過する際に、左下に見えた廃駅のホーム跡のような構造物。各種文献で調べたところ、昭和47年に廃止された国鉄和歌山線の廃線跡と紀伊中ノ島駅跡だと解かった。

国鉄和歌山線は、関西本線の王寺から五条/橋本を経由して和歌山に至る鉄道路線であったらしく、当時の和歌山駅は現在の紀和駅であり、阪和線とは紀伊中ノ島駅で立体交差していたらしい。
現在の和歌山駅は東和歌山を名乗っており、和歌山線の田井ノ瀬〜東和歌山の短絡線が整備されると、東和歌山は和歌山に改称、和歌山は紀和に改称されたらしい。和歌山線の本流が和歌山駅(旧東和歌山駅)に移ると、田井ノ瀬〜紀和は廃止されて現在の姿となったらしい。昭和47年までは、当該区間を貨物列車が走っていたらしいのだが、当時の私は幼少という事もあって、興味は大阪方面やキハ81使用の特急「くろしお」ばかりに向いており、全く記憶に残っていない。

紀伊中ノ島駅のホームで天王寺行き普通電車の発車を見送って、築堤上にある阪和線ホームから階段を降りて行くと、右に天王寺行きホームへの上り階段と改札口(といっても、無人駅なので柵だけ)が見えるのだが、それより先に目に飛び込んできたのは、件の和歌山線ホーム跡。当然の事ながら、レール/枕木/バラスト/道床などは見当たらないが、ホームはほとんどそのまま残っている。とても廃止後20年以上も経っているとは思えない保存(?)状態だ。左側を見てみると、阪和線のガードが単線の線路(跡)を跨いでいる。ちょっと和歌山寄りに足を運んで見てみると、雑草で路盤跡が隠されるので、今にも列車が入線してきてもおかしくないような光景が見られる。

さて、30年前に戻った気分で、紀伊中ノ島駅から和歌山駅(現紀和駅)まで和歌山線の列車に乗車して(歩いて)みよう。紀伊中ノ島のホームは、思ったより長くて6両分はあった感じ。路盤跡をたどるつもりだったのだが、他所様の駐車場に入ってしまいそうになったので、ちょっと左(南)へ迂回すると、紀勢線のレールが見えてきた。分岐点であったと思われるところに小さな踏切があり、しばらく歩いていると前方から和歌山行きの電車がやってくる。もうひとつ先の踏切で待ち構えて、和歌山へ向かって右へ緩くカーブを切っていく電車の後姿を見送ったのだが、当時はまっすぐ紀伊中ノ島へ行く列車も走っていたのだろうと思いを馳せる。

真夏の炎天下を10分ほど歩いて、旧和歌山駅(現紀和駅)に到着。さすがに和歌山のターミナルだっただけに、立派な駅舎が建っているのだが、いまや1面1線のわびしい無人駅で、乗車駅証明書発行機などという機械が設置されており、ボタンを押してみると、レシートのような証明書が印字されて出てきた。

ところで、和歌山県の県庁所在地駅は、言うまでもなくJRの和歌山駅である。和歌山駅からは4方向にJRの路線が伸びているのだが、4つの隣接駅(阪和線:紀伊中ノ島/和歌山線:紀和/紀勢線:宮前/和歌山線:田井ノ瀬)全てが無人駅である。数ある県庁所在地駅で、隣接する駅すべてが無人駅というのは、和歌山以外にどれだけあるのだろうか・・・。
そんな事を考えながら一服つけていると、和歌山側から和歌山市行きの105系電車が入線してきた。

和歌山〜和歌山市は、紀勢本線が電化される以前には、南海本線の難波駅から白浜方面への急行『きのくに』も走っていた(和歌山以南は国鉄編成と併結)のだが、今ではヒゲ線のような状態で105系の2連が行ったり来たりしているだけ。
そんな105系に揺られて和歌山市駅に降り立つと、一気に都会に放り出されたような感じがして戸惑う。
和歌山市駅は南海本線のターミナルであり、駅前もバス乗り場が整備されていて賑わっているのだ。


さて、これから乗車するのは、南海和歌山港線の水軒行き終電である。15時台に終電というのもおかしい話だが、和歌山港線の末端区間である和歌山港〜水軒は、1日2往復(それも9時台と15時台という中途半端な時間帯)しか運転されていない。水軒に到着(発車)する電車は1日2本のみで、JRの清水港線廃止後は、日本で最も到着(発車)列車が少ない終着駅の座を死守(?)している。
時刻表を見て、水軒ってどんな駅なんだろ?と想像していたのだが、いよいよ実態を見聞する機会を持つ事ができた。

当然の事ながら、水軒駅にはカード対応の自動改札機が設置されていないようなので、和歌山市⇒水軒(200円区間)の乗車券を購入する。
和歌山市駅の和歌山港線ホームに降りて行くと、2両編成の電車が発車準備をして待っていた。これが貴重な水軒行き終電なのだが、車内は閑散としていて、レールファンらしき乗客も何名か認められた。

単線の和歌山港線に足を踏み入れると、特急サザンが乗り入れているとは俄かに信じられないような鄙びた雰囲気が漂う。和歌山港を発車すると、左カーブの下り勾配を駆け下りて、県道沿いをコトコトと走っていく。珍しく閉まった踏切に運悪く引っ掛かったクルマのドライバーの心境は如何なるモノか?などと考えるうちに、1面1線のホームが見えてきて、電車は音もなく停車した。

南海和歌山港線水軒駅。
機回し線と側線があるだけで、周りにはこれといった建物もないのだが、どういうわけか広い駐車場にはクルマが多い。レールファンとおぼしき乗客は、電車の中に残ったままで撮影をするでもなく折り返すようで、下車したのは私一人。
車掌に乗車券を渡して降りようとすると、「すぐ折り返しますよ。」と声を掛けられる。そんな事は承知しているので、「乗りませんから。」と答えて撮影に走る。
ひととおり撮影を終えて、ホームを発車する和歌山市行き終電の姿を撮影しようとホームへ戻ってくると、時計を睨んでいた車掌が私に目を向けて、「乗らないの?」と手で合図する。私も「乗らないよ!」と手で合図。そして、和歌山市行き終電は定刻の15時36分に発車して行った

静寂を取り戻した水軒駅ホームで、しばし佇む。
1日に2度しか電車が来ない、それも1日のうち23時間50分ほどは電車が居ない終着駅の水軒は、実態を知らなければ「廃止された駅なんだよ。」と言われると、信じてしまうかもしれない。一服つけながら、そんな事を考える。


さて、終電が終わってしまったので、なんとかしてJR和歌山駅に戻らなければならないのだが、和歌山バスが走っているはずなので、とりあえず歩く事とする。水軒駅の先にある水軒大橋を渡ってまっすぐ行くと、流行っていそうもない何でも屋に突き当たる。右に行けば雑ヶ崎へ出られるという案内標識があったので右折してみると、100mも歩かないうちに和歌山バスの石切場バス停が目に入った。備え付けの時刻表で確認すると、1本/h走っており次の発車は16時15分との事。

25分ほど待ったが、無事にバスを捕まえてJR和歌山駅へ向かう。運賃は380円で所要は35分ほど、そこそこの利用者が認められた和歌山バスに揺られて、JR和歌山駅に到着。駅ビルが立って装いも新たになったJR和歌山駅も、和歌山市駅に負けず劣らず賑やかだった。

上手い具合に、16:57発の紀州路快速に間に合って、大阪へ向かう。天気は良いものの、さすがに日が短くなってきており、堺市あたりからは見事な夕焼けが見られる。明日も天気は良さそうだ。
さて、気になる高架化工事の進捗状況だが、あちこちで掘り起こしが始まっているものの、目に見える構造物は少なくて、また肩透かしを食らったように思う。しかし、鶴ヶ丘駅のそば(長池のすぐ横)に高架橋1本が完成しているのを発見した。


夕闇近い大阪駅で下車。今宵はムーンライト九州で一夜を明かす。指定券を押さえてあるので大阪から乗車しても良いのだが、せっかくの夜行列車という事で始発の京都へ迎えに行く。道中、あちこちを徘徊したのだが、個人的用件のため省略する。


21時00分頃。京都駅7番ホームに降りて行くと、臨時快速「ムーンライト九州」の自由席に乗車する乗客が列を作っているのが目に飛び込んできた。いや、正確を記すならという表現は正しくないかもしれない。とにかく非常に多くの人間がホームに溢れていたのだ。
指定席券を携えている私は、ホームの端を歩いて8号車の乗車口を目指す。と、前方に兵庫県在住のしまやんさんの後ろ姿を発見。今日は大阪市交通局の某氏を襲撃した後、これから明石までご一緒いただけるとの事。しかし、自由席は満席で指定席通路にまで人が溢れている状態なので、明石まで立ちんぼうにさせてしまい、ロクにお話も出来なかったので、申し訳ない事この上もなかった。この埋め合わせは、そのうちさせて戴きたいと思っている。

しまやんさんが下車された明石からは、翌日以降に備えて睡眠を取ろうと懸命になるが、車内放送もカットされないし、1時過ぎまで減光されない車内は騒がしいしで、なかなか寝付く事が出来なかった。一応は眠ったり目を覚ましたりを繰り返したのだが、全ての停車駅を知っているぐらいだから、睡眠時間は短かったのだろうと思われる。




8月13日(日)

新下関を通過する辺りで、左後方からギラギラした朝日が差し込んでくる。ハッキリと寝不足だが、私的には朝日を受けて走る夜行列車は好きなので、一気に目が覚めてしまう。下関で、機関車交換のために長時間停車。ホームの売店は人が溢れているが、それを横目に洗顔して一服。

関門トンネルを抜けて、門司でも機関車交換のために長時間停車。ここで、熊本在住のK.SさんにTELしてみる。予想通り、始発の普通電車に乗ったところという事で、こちらが門司に停車している間に簡単に情報交換。


夜行列車の朝を満喫して、戸畑駅に降り立つ。
オフ会の集合場所は山陽本線の小郡駅で、九州方面からの主催者指定列車は博多7時44分発の門司港行き快速であり、ムーンライト九州で博多まで行っても充分間に合うのだが、ちょっとした思い付きがあって、6時13分着の戸畑で下車した。

戸畑で降りるのは19年振りの事だが、当時の印象はあまり残っていない。しかし、こんなに立派な駅だった記憶もないので、最近にでも建て替えられたのだろうと思う。改札を出て、自由通路をくぐって海の方へ歩いて行くと、若戸大橋の威容が近付いてくる。橋のたもとに、若戸渡船の戸畑渡船場を見つけて一安心。そう、私の狙いはこの渡船だったのである。

思い起こせば19年前の夏。高校生だった私は、九州ワイド周遊券を使って九州の国鉄線全線踏破の旅を行っており、筑豊本線の若松から若戸渡船を経て戸畑駅へという、今回とは逆のコースを辿っている。
この渡船は北九州市が運営しており、当時は大人20円小人10円だったと記憶しているのだが、今は大人50円小人30円となっていた。いずれにしても格安な渡船ではある。
#大阪市営の渡船は無料なのだが・・・。
私を含めて3名の乗客を乗せた船は、若戸大橋のすぐそばを航行し、約3分で対岸の若松渡船場に到着した。折り返しの船には10名ほどが乗船。なかには定期券を見せて乗船する学生の姿も見られた。

さて、ここからは筑豊本線の若松駅へ向かうのだが、19年前とは風景が一変しており、非常にお洒落な岸壁が続いている。はて、若松駅はこっちの方向だったハズだが?と思って歩いていくのだが、どうも記憶の断片にある風景とは一致してこない。そして10分ほど歩いて、道沿いにカーブを切ると、やっと見覚えのある若松駅舎が見えてきて一安心。


筑豊本線若松駅。19年前には旧式客車から降り立ったように記憶しているのだが、現在は旧式はおろか50系客車すら見られなくなり、気動車が我が世の春を謳歌している。

今日も朝から蒸し暑く、船の甲板で風に当たっていた時は良かったのだが、若松駅まで歩いて汗が噴き出している。タオルで汗を拭って、自販機のお茶で水分を補給していると、7時01分発の筑豊本線〜篠栗線経由の博多行き普通列車が入線してきた。3両編成の気動車だが、前寄り2両は九州でしかお目に掛かれないキハ66系で、迷わずこれの転換クロスシートに席を占める。19年前に比べると、多少はくたびれているものの、座り心地はすこぶるよろしい。と、「ポーッ」という戸閉め警告音が鳴ってドアが閉まる。どこかで聞いた音だが・・・と思って考えていたが、阪神5500系の戸閉め警告と同じ音だと思い至って笑いが込み上げてきた。

久しぶりにキハ66系の力強い走りを満喫し、JRとしては珍しい立体交差駅の折尾に到着。鹿児島本線に乗り換えるべく階段を上って行くと、下りの813系普通列車が入線してきた。今や九州を代表する近郊電車で、朝日を浴びて停車している姿は実に頼もしく感じる。発車の模様を観察していたら、223系基本番台に非常に似かよったVVVF音を奏でていた。

実は私、まだ813系には乗車した事がなく、今回は乗れれば良いのだがと思っていたら、7時28分発の門司港行き普通電車には813系が充当されていて、今日の幸運に感謝する。車内は、座席がさらっと埋まる程度の乗客であったので、運転室直後で前面展望を満喫する事とする。が、編成両数の自由度を考慮して設計された813系は、811系ほど前面展望はよろしくない。
折尾から黒崎までは、電PROでも見慣れた光景なのだが、途中に2面4線の新駅が建設中であるのを発見してちょっとビックリ。と、黒崎駅の手前で223系の戸閉め警告音らしきものが聞こえてくる。そら耳か?と思ったのだが、その後も駅に進入するたびに聞こえてくるので、運転席を観察していると、運転士支援装置の停車駅接近警告の音(JR西日本でいう「停車です」の音声と同じもの)だと理解できた。
八幡からは新線に入ってスペースワールド駅に停車。カーブに設置されたホームは、かなり傾いている・・・。
1時間ほど前に足元をウロウロしていた若戸大橋を眺めて、戸畑に到着。西小倉から小倉にかけても、線路の付け替えが行われているのが伺えた。それにしても、鹿児島本線の普通電車は遅い。MAX80km/h程度まで加速すると、あとは延々惰行を続けるような感じで、駅間で必ずEBが働いている。「普通電車は、常に一生懸命逃げるもの」というJR西日本に慣れている身には、精神衛生上よろしくない乗り物だと思いつつ、小倉で下車した。


小倉駅で朝食をとり、415系1500番台に揺られて関門トンネルを抜けて下関へ。更に115系普通電車に揺られてオフ会の集合地点である小郡駅に降り立った。九州方面からの主催者指定列車より1本早かったのだが、朝食後に眠気が襲ってきたところに、下関で待ち受けていた空席だらけの115系(先頭車のみクハ111=抑速ノッチ使われへんやん!)普通電車がおいでおいでしていたのにフラフラ乗り込んで、熟睡してしまったため。
意表を突いて、厚東あたりから合流するつもりだったのだが、目が覚めると小郡駅に進入するところだった。(^_^;)

小郡では、SLやまぐち号の入線などを眺めて撮影に精を出しているうちに、主催者指定列車が小郡駅に到着。105系2連で立ち通しだったとの事で、1本早いので小郡入りしたのは、結果的に正解だったかもしれない。
という事で、目出度くオフ会メンバーと合流できた。
 



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