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TTTの世紀越え

出雲市行きメモリアルトレイン(マイテ49)
出雲市行きメモリアルトレイン(マイテ49)

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2000年12月31日(土)

とうとう20世紀も今日で終り、明日から新しい世紀が幕を明ける。JR西日本では、この記念すべき世紀越えに当たって、各種メモリアルトレインを運行されるとの事で、TTTでは取材を実施。また、大晦日から元旦にかけては恒例の終夜運転が行われるので、併せて取材を行った。

さて、この年末年始にJR西日本から発売された2001年新春初詣乗り放題きっぷは、主たるアーバンネットワーク区間の普通列車が1日乗り放題で1600円というスグレモノ。しかも、12月31日乗車の場合は1月1日まで2日間有効との事なので、ありがたく使わせていただいた。



朝から、「電車王国の底辺を支える普通電車たち(Part.1)」の取材を行った後、暮も押し迫った街をぶらついて時間を潰してから、18時30分頃に京都駅へ到着した。まずは当駅19時20分頃に発車する予定の出雲市行きメモリアルトレインを取材する。
1番線と2番線の間にある中線に、すでにメモリアルトレインとなる編成が停車していた。この編成で注目すべき車輌は、最後尾に位置するマイテ49である。パッと見は旧式客車のような感じだが、側ドア上に掲げられた「1等」の表示を見ると、時代が20年以上も遡ったような感覚に陥る。また、後部はオープンデッキの展望車となっており、古き良き時代の鉄道旅行の醍醐味を垣間見ることが出来る。それにしても撮影者が多く、駅員の注意を無視してストロボを焚く輩も多いのには閉口・・・。(-_-)

DD51の重連が編成を山科側へ押し出して、暫くすると5番線に入線してくる。ここでもDD51に向けてストロボが焚かれる。夜間、走行中の車輌にストロボを焚く行為が、如何に危険かという事を少しは考えてもらいたいし、もし事故でも起こってしまい、今後はイベントも行えなくなってしまったら非常に悲しい事でもある。
多くの人に取り囲まれているマイテ49の勇姿を見ていると、もう再び我々の目前に出て来る事はないような気がしてきた。やがて、運良くメモリアルトレインの乗車券を入手できた乗客が乗り込み、多くのレールファンの羨望の眼差しを一身に浴びたマイテ49は、静かに京都駅を旅立っていった。



京都駅で早めの年越し蕎麦を食し、新快速と大和路快速を乗り継いで天王寺駅にやってきた。まだ21時を回ったばかりだが、まるで終電前のような静かな雰囲気で、ちょっと戸惑う。中央コンコースに出てみても、非常に人通りは少ない。早くも閉店間際のキオスクを覗いてみると、JRの車輌を模した缶を発見。何物かと思ったらキャンディらしく、1個630円。ついつい、関空/紀州路快速223系と大阪環状線103系を購入してしまう。缶は小物入れに使うつもりだが、中身は母親に分捕られてしまった。(~_~;)
そうこうしていると、改札口の前に臨時の販売カウンターが出て来た。Jスルーカード特売の際に見かけるカウンターなのだが、今日は世紀越え記念入場券セットが販売されるようだ。とはいえ、前述のように人通りもまばらで売れそうな気配はない。寒い中、懸命に声を出している駅員がかわいそうになり、1セット所望する。見たところ、まだ20セットほど売れ残っているようで、駅員の苦労が偲ばれる。

次に取材するのは、新大阪発紀三井寺行きのメモリアルトレイン「きのくに」だが、まだ少し時間があるので阪和線ホームに行ってみると、和歌山行きの103系快速が停車していた。パンダのイラストに白浜の文字があしらわれたヘッドマークを見ると、ついつい鶴橋のパンダ焼きが白浜にも進出したのか?とも思わないでもないが、白浜アドベンチャーワールドで生まれたパンダの赤ちゃんが一般公開されたばかりだ。それにしてもこの103系、やたらと明るいと思ったら、戸袋窓が閉塞されていない。今や、阪和線でも2編成(だったか?)しか残っていない戸袋窓がある103系は、ある意味貴重な存在である。

メモリアルトレイン「きのくに」の入線時刻が近付いたので、発車ホームの反対側になる17番線に陣取る。ここでも、30名ほどのレールファンがカメラを携えて待っている。
やがて、16番線にメモリアルトレイン「きのくに」が入線してくるが、またもやストロボの嵐。(-_-) 往年の急行きのくにに比べると、グリーン車が連結されていない分短いが、やはり国鉄色のキハ58/28は貫禄があってよろしい。惜しむらくは、前面幕に「急行」を表示してほしかったのと、ヘッドマークに「きのくに」の文字がほしかったところ。
発車時刻になり、キハ58/28は全身を震わせて盛大な紫煙を吹き上げると、力強く阪和線への連絡線を駆け上がって行った。当然の事ながら、16番線付近には芳しいかほりが・・・。(~_~;)



22時を回って、グッと冷え込んできた。この後は、23時50分台発の阪堺電軌上町線に乗車して、車内で新世紀を迎える予定なのだが、あまりにも寒いし開いている店もないので、何かに乗ろうと思う。
大阪環状線を1周してくれば頃良い時間になると思い、11〜12番線に足を運んで一服つけていると、寺田町方面から12番線に223系の8連が入線してきて、ちょっと驚く。普段は京橋で折り返す関空/紀州路快速なのだが、この列車は天王寺で折り返して、快速日根野行きとなるのだ。しかし、天王寺発車時点で日根野行きの表示を出していると、直接阪和線へ入るものと誤解されかねないので、普通大阪環状線の表示が出されている。103系よりは車内保温の面で優れている223系なので、迷わず乗車。言うまでもなく、独り掛けのD席を確保し、ホッと一息。

京橋までは各駅に停車していくが、閑散としていた天王寺駅とは打って変わって乗車してくる人は多い。鶴橋を出る頃には朝ラッシュ時にも近いような混雑になったのだが、カウントダウンイベントが催される大阪城ホール最寄駅の大阪城公園での下車客が多く、一気に閑散となる。
京橋からは快速運転。車掌の案内放送も、快速日根野行きという表現に変わった。車内も落ち着いてきたところで、座り心地の良いノルウェー製シートに身を委ねて、しばし仮眠を貪る。
今宮駅のスラブ軌道の走行音で目が覚めた。天王寺駅16番線に降り立って車輌を確認すると、快速日根野行きの表示に改まっていた。



天王寺駅前のファーストフード店で時間を潰し、23時45分頃に阪堺電軌の天王寺駅前電停へ到着。阿倍野方面を見ていると、最古参組のモ161形174がやってきた。折り返し住吉公園行きとなるので乗車する。車内は住吉大社への初詣客で満員に近い状態で発車。途中の電停でも乗客が増えて、神ノ木では超満員に。そして、いよいよ日付が変わる(=20世紀が終って21世紀になる)時が来たと思った瞬間、電車内の自動放送から住吉電停の案内(一部では有名となっている「キングキングキング・・・」)が聞こえてきた。なんとまぁ、お間抜けなタイミングで世紀越えとなったものだとも思ったが、まぁキング新年とでもすれば、一部には笑いは取れるだろう。(~_~;)

住吉電停に降り立つと、周囲は人が溢れていた。住吉大社へ向かう参道も人がギッシリいっぱいで、全く前に進むことが出来ない。あとで聞いた所によると、住吉大社は世紀越えの二年参りでは関西一の人出を記録したらしい。
40分ほど人波に揉まれていたが、30mも進んでいない状況では参拝が終わる頃には日が暮れてしまう夜が明けてしまう。終夜運転の取材もあるので住吉大社初詣は諦める事とし、住吉鳥居前電停へ向かったのだが、ロープで仕切られている阪堺電軌の軌道上にも人がなだれ込んでいて収拾がつかない。

漸くやってきた天王寺駅前行きモ701形702に乗り込むと、電車内も超満員。しかし、上手い具合に乗客が入れ替わる住吉鳥居前電停からの乗車なので、最前列右側の特等席に着席できた。
いつもは心地よい加速を見せるモ701形だが、今日は軌道上の安全確保が難しい(直前横断も多い)状況から30km/h程度でソロソロ走る。らしくない走りだなぁ・・などと思いつつ前面展望を楽しんで天王寺駅前電停に到着。



時刻は1時を10分ほど過ぎたところで、次の取材対象を1時47分発のJR難波行きとする。天王寺駅は3時間前が嘘のような喧騒に包まれており、特に大和路線奈良行きと阪和線日根野行きが出る事となっている15〜16番線はラッシュ時と見紛うばかりの混雑となっていた。
1時45分頃、JR難波からの日根野行き普通電車(103系6連)が到着。天王寺駅の掘割ホームに停車するスカイブルーの103系は、やっぱ違和感ある。続いて18番線に日根野からのJR難波行き普通電車(103系4連)が到着し、入れ違いに日根野行きが発車する。スカイブルー103系のJR難波表示も、違和感バリバリだ。
車内は70%程度の乗車率で、早くも出来あがっている連中も多い。乗ってみれば大和路線の103系と変わるところはなくJR難波に到着。しかし降りてみると、地下駅に佇むスカイブルー103系は異様な雰囲気。また、JR難波は地下駅なのに駅名標がホームから生えており、これとスカイブルー103系の取り合わせも奇妙な感じ。(^_^;)



さて、身体の芯まで冷えてしまったので、奈良行きの普通と大阪環状線内回りの普通を乗り継いで、桜ノ宮駅近くの薬師の湯へ初風呂を浴びに行く。電車も薬師の湯もなかなかの入りで目出度い事。

薬師の湯で2時間半ほど過ごすと身体もシッカリ温まったので、初詣に出掛ける事とする。住吉の混雑は今も続いているような気がしたので、始発の関空快速で鳳駅が最寄りとなる大鳥大社を目指す。
始発の関空快速は天王寺駅3番線から発車するが、なんと3連である。普段なら3連でもガラガラなのだろうが、さすがに今日は立ち客も多い状態。隣の1番線には5連の223系が停車しており、時折 警笛の試鳴や起動試験が行われている。
3連の関空快速ながら、発車案内前にはフルコーラスチャイムが流れ、嬉しい事(ぉぃ)に女性車掌が乗務している。

まだ明けやらぬ漆黒の闇を切り裂いて、223系はMAX97km/hの疾走を始める。この時間帯、先行の普通電車は熊取まで先着するダイヤなので、気持ち良く進行現示が並んでいる事だろう。

鳳駅は閑散としていた。大鳥大社へ向かう道も至って静かなものだが、道端にはゴミが風に吹かれて転がっており、0時前後はそれなりの人出があったものと思われる。本殿でお参りをし、社務所で交通安全のお守りを購入すると、あとは特にする事もないので鳳駅へ戻る。
改札口の前に、天王寺と同様に臨時の販売カウンターが出ており、若い駅員が世紀越え記念入場券セットを販売している。確か発売日は12月31日のみと聞いていたので、「売れ残り?今も売ってるの?」と聞くと「ハイ、売れ残って今も売ってるんです・・。」との返事。見れば、あと8セットほど残っていたので、1セット購入する。



さて、このあとは某駅駅員が元旦から仕事だそうなので、陣中見舞いがてら襲撃を行うつもりなのだが、まだ時間がある。少し東の空が青くなったようにも見えるが、まだ夜は明けない。外を歩くとやはり寒いし、さすがに眠くなってきているので、暖かいところで仮眠を取りたい。
という事で上りの関空/紀州路快速に乗車したのだが、たちまち眠りに落ちた。気付けば大阪駅を発車したところで、京橋からは後続の普通に乗り継いで天王寺へ向かう。ちょっと空腹をおぼえたので、天王寺駅前のファーストフード店で朝食を摂ってから駅へ戻ってくると、また眠くなってきた。
12番線に停車中の大和路快速がおいでおいでしているように見え、ついふらふらと乗り込む。取り敢えず大阪環状線を1周するつもりだったのだが、起きると既に王寺に到着する直前。王寺から下り(大阪方面行き)大和路快速で折り返すと、またもや大阪環状線を1周したらしく、車掌に「終点ですよ。」と起こされた。

シッカリ睡眠を貪って頭がスッキリしたところで、某駅へ襲撃を掛ける。今日はさすがに普段に比べると格段に利用客が少ないようで、ずいぶんと楽な業務のようだった。昼食後、喫茶店でお茶しつつ鉄談義&取材の成果報告など。休憩時間の終わりを潮時に帰途についた。
道すがら、近鉄難波駅で2001年記念入場券を発見し購入。なにかと衝動買いばかりの世紀越えではあった。

帰りの関空快速車中から、阪和線の連続立体交差工事の進捗状況を伺ってみる。鶴ヶ丘駅の東側には数本の橋脚が姿を現し、また長池では西側の1/3ほどが鉄板でフタをされて、そのフタの上に重機が設置されていて驚く。どうやら、長池の中にも何本か橋脚が立つみたいだ。

さて、当初は水間鉄道と水間観音の取材も併せて行うつもりだったのだが、和泉橋本駅に降り立つとさすがに疲労を覚え、石才駅まで歩く気にならず、そのまま帰宅した。正月の水間鉄道の模様は、来年の正月にでもまた取材したいと思っている。
 



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