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信越乗りつぶし行
(第5日目)

新幹線になっても信州路のエースは[あさま]号(長野新幹線)
新幹線になっても信州路のエースは[あさま]号(長野新幹線)

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2005年8月19日(金)

いよいよ今回の遠征も今日が最終日。どんよりとした曇り空だが、雨の心配はないようだ。駅へ向かい、淡い期待を持ちながら確認してみたが、残念ながら飯山線の十日町〜戸狩野沢温泉間は未だ復旧していない。仕方がないので、昨夜検討した改訂版の行程を進めることとする。
まずは上越線の上り列車で越後川口へ移動。

◆長岡(8:27発;上越線水上行き普通)→越後川口
一昨日から通算して10本連続の115系電車で、さすがに食傷気味である。

越後川口で飯山線に乗り換え、取り敢えず運転している十日町までの区間を乗りつぶしておく。

◆越後川口(9:00発;飯山線十日町行き普通)→十日町
空席も多い状態で越後川口を発車すると、右にカーブを切って上越線と別れる。魚野川の渓流を渡り、山へ分け入っていく。長いトンネルを抜けると棚田も見える山村で、遠くに信濃川の流れも見える。空はいつの間にか晴れ、夏の陽射しが眩しい。
山村の眺めはいつまでも続き、些か飽きてきたなぁと思ったところで、不意に左から現れた北越急行の高架橋が頭上を覆い、十日町に到着した。

運休区間には代行バスが走っているらしいが、道路事情により遅れることもあると案内されている。この後は長野新幹線あさま548号に乗る予定で指定券もリザーブしてあるので、昨夜検討した通り運転時間の確実な鉄道利用でもって長野へ向かうとする。一昨日午後の行程を逆に辿るような感じだが、まぁ仕方がない。犀潟までの乗車券を購入して、北越急行の改札を通る。

◆十日町(10:14発;北越急行直江津行き普通)→直江津
一昨日同様、HK100形電車の元気な走りを楽しんで直江津に到着。

直江津駅近辺は、これも一昨日に徘徊してみたのだが、大した店は見当たらなかったので昼食は駅弁とする。

◆直江津(11:54発;信越線長野行き普通)→長野
高田以降は予想以上の大混雑となり、長野まで我慢の乗車に終始した。飯山線に乗れていたら、こんなつらい思いをすることもなかったのにと思う。

3日振りに戻ってきた長野は、相変わらず蒸し暑い。



さて、いよいよ今回遠征の最終ターゲットである北陸新幹線の踏破を目指す。北陸新幹線はその名の通り(東京から)北陸を目指す新幹線なのだが、今のところ長野までしか開通していない。元はと言えば、長野五輪の開催に合わせて半ば強引に長野まで先行開業したという経緯があり、今でも一般的には長野新幹線などと表記されているが、開業当初は長野新幹線なんて表記されてたっけ。
中間改札を抜けると、真新しい新幹線コンコースに出る。人通りは少なくないが、コンコース自体が広いので混雑度は大したことない。まだ発車時刻まで暫くあるが、取り敢えずホームへ降りてみる。と、ホームで立ち食い蕎麦屋が営業していたので、今回遠征最後の信州蕎麦と洒落込んだ。

◆長野(14:20発;北陸新幹線[あさま548号])→東京
北陸新幹線[あさま]号には、専らE2編成が充当されている。東北新幹線の[はやて]で走っているのと同様の車輌だが、あちらが10両編成なのに対しこちらは8両と少し短い。
定刻に長野駅を発車し、まだ真新しい路盤をグングン加速していくが、防音壁が高くて見通しが利かない。やがて、左にカーブを切って千曲川を渡り、トンネルに突っ込んだ。
その後は、駅近辺以外はトンネルだらけで、佐久平付近で浅間山が見えたぐらい。因みに、上田も佐久平も待避線がない新神戸タイプの駅だった。
軽井沢に近付くと、遠征2日目に観察した通り、防音壁に囲まれていて空しか見えない。さすがに乗降客の多かった軽井沢を出ると、暫く信越線の廃線跡と併走する。加速する車内から伺っていたが、トンネルに入るまで未だにレールが残っていた。
電気機関車が協調運転していた碓氷峠も今は昔、トンネルで一気に突っ切ってしまい、トンネルを抜けるともう関東平野である。左から寄り添ってきた上越新幹線の高架橋をオーバークロスし、右にカーブを切って併走状態になって高崎駅に進入。
これで北陸新幹線の踏破を完了。同時に、群馬県の鉄道全線踏破達成となった。そのまま乗車を続け、東京駅で東海道新幹線に乗り継いで帰途に就いた。


本日の踏破線区:北陸新幹線/飯山線の一部区間(十日町〜越後川口)



残念ながら飯山線は乗り残してしまったが、今回遠征での成果は13線区644.2kmにも及んだ。結果、JR東日本が事業者別未踏破距離ランキングの首位から初めて陥落した。
 

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