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関東乗りつぶし行Vol.2
(第5日目)

ホームの横はすぐ海!(海芝浦駅)
ホームの横はすぐ海!(海芝浦駅)

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2005年1月2日(日)

今回の遠征も今日が最終日である。7時過ぎにホテルをチェックアウトし、駅へと向かう。今朝も寒い。
改札で、青春18きっぷに最終回の日付印を捺してもらって入場。更に、中間改札を通って鶴見線乗り場へと向かう。新幹線でもないのに中間改札とはおかしな話だが、鶴見線は鶴見以外の全駅が無人駅なので、ここが関所の役割を果たしているのだ。
という訳で、本日最初に踏破を目指すのは都会のローカル線という異名を持つ鶴見線だ。鶴見線は、本線が全長7kmしかないのに途中から分岐する名無し枝線が2本もあって、その内の大川枝線は朝と夕方のみの運転となっている。まずは、その大川枝線から乗りつぶそうと思う。
鶴見駅の鶴見線ホームは頭端式2線で、ドーム状の屋根に覆われている。待つこと暫し、折り返し大川行きとなる205系3連の列車が到着したので乗り込む。昨年夏までは全車103系だった鶴見線だが、E231系の大量増備に伴う玉突き配転が加速しているらしく、この後も多くの205系を見掛けることとなる。

◆鶴見(7:34発;鶴見線大川行き普通)→大川
平日なら通勤ラッシュがあるのだろうが、正月休みで車内は閑散としている。鶴見を出ると、高架橋をたらたらと走り、左にカーブを切って京浜東北線と東海道線をオーバークロス。渡り終えると、最初の駅 国道に停車。国道を出ると、鶴見川を渡りつつ勾配を下って地平に降りて、臨海の工業地帯をのんびりと走っていく。分岐したり合流する線路が頻繁に現れるが、そのほとんどが工場への引込み線や貨物線なので、残念ながら乗ることは出来ない。
武蔵白石の構内に入って右に分岐し、大川枝線に入る。が、この枝線は1.0kmしかないので、工場の間を抜けて運河を渡るとすぐに終点の大川に到着した。

大川駅は片面ホームの停留所で、まだ先に貨物線のレールが延びているので終点らしくない。無人駅だが、Suicaの簡易処理機とSuica入金機能を持った自動券売機が設置されていて、必要にして充分な設備。
6分停留の折り返し鶴見行きには乗車せず、1本落として辺りを歩いてみたが、正月休みの工業地帯は静か過ぎてゴーストタウンのよう・・・。
続いて海芝浦枝線の踏破を目指し、分岐点である浅野まで戻る。

◆大川(8:14発;鶴見線鶴見行き普通)→浅野

浅野では30分弱の待ち時間があったが、大川同様に辺りはひっそりしていて、コンビニすら見当たらない。仕方なくホームを観察して待つ。
海芝浦枝線は浅野駅の少し鶴見寄りで分岐しているので、浅野駅の海芝浦枝線ホームは大きくカーブしている。そのためホーム端には、車掌の安全確認用に監視カメラのモニターと巨大なカーブミラーが並んで立っていた。なお、駅名票は懐かしい国鉄タイプのものが健在なのが嬉しい。

◆浅野(8:47発;鶴見線海芝浦行き普通)→海芝浦
やってきたのは黄色い車体が目にも鮮やかな103系。いつの間にか主力は205系になっているようで、今日の鶴見線では103系はこの編成しか見掛けなかった。
浅野を出ると、運河に沿ってのんびりと走って行く。この枝線唯一の中間駅である新芝浦を出ると単線となり、右にカーブを切って終点の海芝浦に到着。

ホームに降りると、すぐ目の前は海である。さてここは駅の出口が、光ったり回ったり走ったり歌ったりする(ぉ)某電機メーカー工場敷地の入り口になっているので、その工場に用のない者は駅から出られない。改札内には小さな公園が整備されているが、残念ながら今日は開放しないようだ。仕方なく、車内で折り返しを待つ。

◆海芝浦(9:19発;鶴見線鶴見行き普通)→弁天島
枝線2本の乗りつぶしが終わり、後は本線を残すのみ。また浅野で乗り換えても良かったのだが、時間に余裕があるのでそのまま1駅進んで弁天島で降りる。

弁天島駅は、駅員は居ないが駅舎内に運転関係の詰所があるらしく、乗務員の交替が行われる。駅近辺は、やはりひっそりし過ぎていて薄気味悪い。

◆弁天島(10:05発;鶴見線扇町行き普通)→扇町
本線扇町行きの電車は、もう既に乗り飽きた感のある205系3連でやってきた。運転席直後に陣取って、前面展望を楽しむ。
武蔵白石駅構内で大川枝線が別れていくと、未踏破区間となる。右に分岐していった貨物線をアンダークロスすると浜川崎に到着。浜川崎を出ると単線となり、左から別の複線貨物線が寄り添って来て併走。なんだか貨物線の脇にお邪魔しているような格好となる。相変わらず周囲は工場だらけで、至って静かなもの。やがて、行き止まりの片面ホームに進入して停車。終点の扇町だが、横を通る貨物線はまだ先へと続いているので、踏破の達成感は薄い。とはいえ、一般人として乗れる部分は乗り終わったので、鶴見線も全線踏破達成である。
13分停留の折り返し鶴見行きに乗車し、扇町を辞す。

◆扇町(10:30発;鶴見線鶴見行き普通)→浜川崎
たった2名の乗車で発車した電車は、また貨物線の脇をとことこ走って行く。帰りは、南武線との乗換駅である浜川崎で下車。

鶴見線の浜川崎駅と南武線の浜川崎は、同一駅として取り扱われているが実態は別個の駅で、乗り換えるには一旦駅の外へ出なければならない。昔は、尼崎駅(東海道線と福知山線の尼崎港枝線)や宇美駅(香椎線と勝田線)なども同様だったが、今ではここと石巻駅(石巻線と仙石線)ぐらいしか残っていない。

行き止まり島式ホーム1面の南武線浜川崎駅は、なんとなく民鉄っぽい。ここも無人駅なので、ずかずかとホームへ入って行く。鶴見駅の中間改札を通って以降、切符は懐に入ったままだ。
さて、これから乗りつぶす南武線浜川崎枝線は、たった2駅間4.1kmしかなく、205系のワンマン電車が行ったり来たりしている。というか、ここまで205系が進出しているとは驚きである。

◆浜川崎(10:47発;南武線尻手行き普通)→尻手
定刻に浜川崎を発車した電車は、貨物線と併走していく。鶴見線とは違って街中を走るが、鉄道用地が広くて民家などとは少し離れている。川崎新町を出ると高架橋に駆け上がり、京急をオーバークロスする地点にある八丁畷に停車。ホームを伺うと下り階段があって、どうやらそのまま京急のホームに繋がっているようだ。
八丁畷を出ると貨物線が左へ別れて行き、東海道線をオーバークロスして右にカーブを切ると、もう尻手駅の構内だった。

尻手に到着し、南武線の枝線も踏破完了。何となく、USJが出来る前の桜島線に似た感じがする路線だった。本線に乗り換えるべく、階段を降りて登ってホームを移動。本線を乗りつぶしたのがちょうど1年前の今日だったのを思い出した。



続いて、川崎を経て茅ヶ崎へ向かい、相模線の踏破を目指す。

◆尻手(10:57発;南武線川崎行き普通)→川崎
◆川崎(11:10発;東海道線小田原行き普通)→茅ヶ崎

南武線も東海道線も混んでいた。特に南武線では、川崎大師へ初詣へ行くらしい人が多かった。正直言って東京圏の鉄道路線は、未踏破でないなら疲れるだけなので乗りたくない。茅ヶ崎駅ホームに降り立ってやれやれ。気を取り直して、相模線の乗りつぶし。跨線橋を渡って1番ホームへ向かうと、12時07分発の橋本行きとなる電車が停車している。妙な面構えの電車だが、これも205系らしい。

◆茅ヶ崎(12:07発;相模線橋本行き普通)→橋本
予想していたより混雑していて、ほぼ満員で茅ヶ崎を発車。どうやら初詣客が多いようで、車掌が「寒川神社へお越しの方は宮山駅でお降り下さい。」との案内を繰り返している。茅ヶ崎駅の構内を出ると、大きく左へカーブを切って東海道線と別れる。郊外の住宅地らしく、比較的田畑や緑が多く目に付く。
茅ヶ崎から12分ほどで寒川に到着。昔、ここから西寒川までの枝線があったのだが、いつの間にか廃止されてしまった。寒川駅発車後、左の車窓に目を凝らしていたら、廃線跡らしき細くて曲がった空き地が伺えた。
次の宮山で、初詣へ行くらしき人がぞろぞろと下車。代わって初詣からの帰りらしい人がぞろぞろと乗ってきて、ほぼ満員な状態は変わらない。
左の車窓に相模川を眺めながら走り、新幹線をアンダークロスして倉見に停車。ここに、通勤輸送用の新幹線駅を作るという案を聞いた記憶があるが、東海道新幹線に今以上の新駅は不要だと思うのだが。
倉見を出ると田園地帯を健気に走っていくが、俄かに街並みが広がってくると小田急接続駅の厚木である。小田急とは次の海老名でも接続していて、急行が停車する分、海老名で乗り換える人の方が多いかもしれない。また、海老名では相模鉄道とも接続している。
海老名を出るとまた田園地帯となり、相武台下あたりから高台へと上っていく。左下には、相変わらず相模川が沿っている。纏まった下車があった原当麻辺りから、また街並みが広がってきた。
ところが上溝を出ると、右に左にカーブを切っての上り坂。左右は木が生い茂った切通しで日が当たらないので、路盤には多くの雪が残っている。これだけを見るとどこの山の中か?と思うが、すぐにまた車窓に街並みが現れ、右から横浜線の複線が寄り添ってきた。そして、京王相模線をアンダークロスして橋本に到着し、相模線も踏破完了となった。



さて、今回遠征の乗りつぶしも武蔵野線を残すのみ。横浜線〜中央線〜南武線と乗り継いで府中本町へ向かう。

◆橋本(13:10発;横浜線八王子行き快速)→八王子
◆八王子(13:23発;中央線東京行き特別快速)→立川
◆立川(13:40発;南武線川崎行き普通)→府中本町

武蔵野線は、鶴見〜西船橋間を東京の外周を巡るように敷かれている。ただ、鶴見〜府中本町間は旅客輸送をやっていないので、乗りつぶし対象となるのは府中本町〜西船橋間のみ。それでも71.8kmもあるのだが、優等列車の設定はなくて延々普通列車で行くのは些か億劫に思う。
府中本町駅の3番ホームに入線してきたのは、武蔵野線〜京葉線直通の東京行き快速(武蔵野線内は各駅停車)で、205系の8両編成。今朝から何本目の205系かと思うが、この205系はVVVFモーター装備の変わりダネである。

◆府中本町(14:01発;武蔵野線〜京葉線直通東京行き快速)→西船橋
1両当たり4〜5名程度という超閑散状態で府中本町駅を発車した電車は、いきなりトンネルに突っ込む。小学生のころ見た日本地図のイメージが強いので、関東平野は平らな土地が延々と広がってそうに思いがちだが、実態としては小高い丘や山が多く、むしろ大阪の方が真の平地は広いかもしれない。という訳で、中央線と交差する西国分寺駅を出ると、新秋津まで延々とトンネルが続く。途中にある新小平駅は、トンネル駅の屋根だけ取り払ったような状態だ。新秋津を出ると埼玉県に入り、北朝霞で東武東上線をオーバークロスすると、荒川を渡ってさいたま市に入る。今でこそ埼玉の県庁所在地はさいたま市だが、合併前は「浦和にゃ7つの駅がある」と歌われた浦和市だった。武蔵野線に乗っていると、その内の4駅に次々に停車していく。辺りには夥しい数の民家が立ち並んでいるが、それでもトンネルがあったりする。
そんな賑やかな車窓も、東浦和を出ると一変して田園地帯となる。しかし、東川口・南越谷と、駅近辺だけは街並みが広がっている。どちらも都心に直結している鉄道路線との乗換駅だ。
吉川を出ると、また車窓風景が一変する。今度は延々、ススキだらけで荒れ放題といった感じの風景が続くのだが、これは武蔵野操車場跡に違いない。関西線の久宝寺駅近辺も、一時期こんな感じだったのを思い出した。
新松戸で常磐線をオーバークロスし、新八柱で新京成をアンダークロス、東松戸では北総線をアンダークロスしと、相変わらず忙しい。こんな路線なので乗客の入れ替りは激しく、大抵の人は2〜3駅程度で降りてしまう。
そんな武蔵野線に付き合うこと70分強、船橋法典駅に到着したところで全線踏破達成。同時に、千葉県の鉄道路線も全線踏破となった。船橋法典駅ホームは、1週間前の大混雑が嘘のようにひっそりしている。当日は私も雑踏に紛れて降りてきた中山競馬場連絡改札に繋がる階段が、シャッターで閉ざされているのが見えた。

さて、帰途はいつものように東京駅から新幹線を利用するのだが、東京駅へ出る方法で悩む。このまま座っていれば東京駅まで行けるのだが、京葉線ホームから新幹線ホームまで延々と歩かなければならない。西船橋で総武線に乗り換えると、秋葉原でもう1度乗り換える必要がある。
西船橋に到着し、さてどうしようか?・・・と考えている間にドアが閉まった。という訳で、そのまま東京駅まで乗車し、新幹線ホームまで延々と歩いて[のぞみ29号]に乗り換えて帰途に就いた。


本日の踏破線区:鶴見線/鶴見線海芝浦枝線/鶴見線大川枝線/南武線浜川崎枝線/相模線/武蔵野線の一部区間(府中本町〜南浦和/東川口〜船橋法典→全線踏破達成)



今回遠征の成果は19線区705.3km踏破の荒稼ぎ。栃木県と千葉県は鉄道全線踏破となったし、茨城県と東京都はJRの路線が全線踏破となった。いよいよ首都圏も煮詰まってきたぞ!
 

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