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北陸乗りつぶし行+α
(第6日目)

小奇麗で静かな無人の終着駅(岳南江尾駅)
小奇麗で静かな無人の終着駅(岳南江尾駅)

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2004年8月13日(金)

さて、本日以降の行程が表題の+αの部分に相当する。にしても、北陸遠征のついでに東海道を東進して更に河口湖まで足をのばそうというのだから、我ながら物好きだと思う。
7時半頃にホテルをチェックアウトして駅へと向かう。今日も朝から陽射しが強く、風もないので非常に暑い。千種駅は周囲より一段低い切通しにホームがあるのに、改札はなぜか地下にある。つまり、地平からホームへ行こうとすると、一旦地下まで降りなければならず、非常に不便な構造となっている。こんなところにも、大いなる田舎の一端を見る思いだ。

◆千種(7:58発;中央線名古屋行き快速)→金山
まずは名古屋行き快速で金山へ移動。金山は、JRの東海道線,中央線と、名鉄、地下鉄の名城線,4号線が乗り入れる鉄道の要衝で、金山総合駅として親しまれている。は、いいのだが、チンタラ歩く人が多くて精神衛生上よろしくない。ま、乗り換え時間には余裕があるので、特に急ぎはしないのだが。

◆金山(8:19発;東海道線浜松行き新快速)→新所原
JR東海の新快速に乗るのはずいぶん久し振り。JR西日本のに比べると遅いが、昔の117系快速に比べれば速くなったものだと思う。豊橋からは各駅停車になって、金山から1時間ほどで新所原に到着。

新所原で降りたのは、言うまでもなく天竜浜名湖鉄道を踏破するため。天竜浜名湖鉄道は、国鉄二俣線から転換された3セク鉄道事業者で、元々は浜名湖辺りで太平洋岸を通る東海道線が艦砲射撃で分断された際の備えとして、軍事用バイパス路線として敷設されたらしい。
小奇麗なJRの駅舎を出ると、すぐ隣に天竜浜名湖鉄道の駅舎があった。小さくて2階建てでバルコニーあって、なんだか家庭的な雰囲気が漂っている。駅舎に入ると、自動券売機の前で数名がゴチャゴチャ言いながら悪戦苦闘している。そんな様子を横目に、出札窓口で天浜線みちくさきっぷを購入して、さっさと改札を抜ける。これは全線有効の片道フリー乗車券(後戻り不可)で、通常の全線片道運賃より安い設定となっている美味しい切符である。

◆新所原(9:31発;天竜浜名湖鉄道掛川行き普通)→掛川
改札を抜けると、片面ホーム1線だけという3セク転換路線にありがちな配線で、そこにこれもまた3セク転換路線にありがちな軽快気動車が停まっていた。唯一ありがちではなかったのが、運転士が異様に若かったこと。車内はセミクロスシートで、適度に冷房が効いている。やがて半数ぐらいの座席が埋まって発車時刻となった。
新所原を出ると、すぐに左へカーブを切って東海道線と別れる。最初の駅はアスモ前で、左の車窓に駅名の由来となった企業がある。新所原からは1.0kmしかないが、通勤に利用されているのだろうか。アスモ前を出ると郊外の緑の中を走って行く。次の知波田で新所原行きの列車と交換。あちらの運転士もやけに若く見える。知波田を出ると、右の車窓に浜名湖の入り江である松見ヶ浦が見えてくる。が、そう長くは見せてくれず山へ分け入ってトンネルに入る。トンネルを抜け、転げるように下り勾配を下って行くと、今度は猪鼻湖畔に出た。暫く猪鼻湖を眺めながら走って、三ヶ日に到着。乗客が大きく入れ替わったが、ここで新所原行き列車と交換の為7分ほど停車する。三ヶ日駅の構内は広く、2面3線の配線のほかに何本か側線もあった。にしても、ずいぶん低い位置に信号機がある。
三ヶ日を出ると猪鼻湖のすぐ間近を通るが、それも長続きせず山へ分け入る。といっても、猪鼻湖と浜名湖を隔てる半島の基部を越えるためで、やがて車窓に浜名湖が姿を現す。浜名湖佐久米駅は、その名の通り間近に浜名湖が望める駅だが、すぐ目の前を東名高速道路が横切っているので景色は最悪。浜名湖もその姿をあまり長くは見せてくれず、西気賀を出ると田園地帯に入り、気賀からは都田川に沿って走って行く。車窓にはミカン畑や茶畑が多く見え、さすがに静岡県だと思う。
不意に右から電化単線の線路が寄り添ってきて、西鹿島に到着。ここと新浜松を結ぶ遠州鉄道も未踏破だが、今回の行程には織り込んでいない。西鹿島でも多くの乗客が入れ替わって発車すると、天竜川を渡る。浜名湖畔を走って天竜川を渡ってと、社名の由来がちゃーんと車窓に登場した。
やがて、国鉄時代の線名の由来になっていた天竜二俣駅に着く。天竜浜名湖鉄道では[そよかぜ]という名前のトロッコ列車を走らせており、我が普通列車と交換する形で三ヶ日へ向けて発車して行った。天竜二俣を出ると、車窓は急に山がちになってトンネルを抜け、田園地帯に出る。その後はまた、水田やミカン畑や茶畑を眺めながら、のんびりととした走行が続く。
俄かに街並みが広がって、終点の掛川に到着したのは新所原から約2時間後。東海道線の約2倍、新幹線の約6倍も掛かったのだが、意外に長くは感じなかった。

小さいながらも近代的な趣の天竜浜名湖鉄道掛川駅の駅舎を出、隣接するJRの掛川駅舎に入る。こちらは対照的に古風な外観である。
次に踏破を目指すのは御殿場線なので、分岐する沼津まで東海道線の普通列車で移動する。

◆掛川(11:58発;東海道線熱海行き普通)→島田
◆島田(12:26発;東海道線静岡行き普通)→静岡
◆静岡(12:57発;東海道線沼津行き普通)→沼津
掛川から乗った熱海行きは115系の3連で、朝ラッシュか?と見紛うばかりの大混雑。とても100分も辛抱していられないので、島田で後続の列車(島田始発)に乗り換えて座った。勿論、沼津から先の乗り継ぎに支障はない。
昼間の東海道線、それも普通電車に乗るのはずいぶん久しぶりのこと。車窓自体は新幹線とそう変わるものではないが、景色がゆっくり流れるので新鮮な印象を受ける。途中、大井川鐵道や静岡鉄道の電車が車窓に見え、例によって「また乗りにこなければ」との思いを新たにした。



昔々、御殿場線は東京と大阪を結ぶ特急列車が行き来する第一級幹線の東海道線の一部分だった。しかし現在の御殿場線の区間には、当時の鉄道の主役であった蒸気機関車が苦手とする勾配が延々と続くので、輸送上のネックにもなっていた。それを解消するために丹那トンネルが開通すると、優等列車は全て丹那トンネル経由となり、御殿場線はローカル線に格下げとなってしまった。おまけに、第2次世界大戦の資材供出のため、複線だった線路が単線になってしまっている。

◆沼津(14:05発;御殿場線国府津行き普通)→国府津
沼津駅5番ホームで発車準備をしていた御殿場線経由国府津行き普通電車には、313系の2連が充当されていた。てっきり115系の3連だと思っていたのでこれは意外で、車内は明るくて奇麗だが座席が少ないので立つ人も多い。
定刻に沼津を発車し、左へ緩くカーブを切って東海道線と別れるが、左右には草に埋もれた側線が何本も伺える。昔は補機の増解結などで賑わっていたのだろうと思う。最初の駅 大岡を出ると、俄かに登り勾配がキツくなる。線路脇に立つ勾配標識には25.0という数字が書かれている。列車は右に左にとカーブを切り、時折駅に停車しながら、最高100km/hぐらいの速度で力強く高度を上げて行く。
さて、左の車窓には富士山が見えるはずなのだが、今日は天気はいいのに濃い霞が出ていて全く見えない。御殿場では多くの乗客が降りたが、代わって同じぐらいの乗客が乗ってきて、相変わらず車内は盛況。やはり2連では少々キツく、時折交換する列車で見掛ける115系3連を羨ましく思う。
御殿場を出ると、それまでと一転して下り勾配となり、鮎沢川の峡谷を眺めながら下って行く。この辺りは交通機関にとっての難所のようで、東名高速道路も国道246号線も御殿場線と同様に鮎沢川に沿っている。その国道246号線は、東京方面行きが酷く渋滞していた。
河内川と合流して酒匂川と名前を変えた鮎沢川の峡谷から別れ、久しぶりに平地に出たところで山北に停車。ここも構内が広く、補機の増解結などが行われていたのだろう。暫し停車し、小田急から乗り入れて来ている特急[あさぎり5号]と交換。山北を出ると、緩い勾配を下って行き、急に車窓に街並みが広がって松田に到着。ここで半数近くの乗客が降りて、車内は一気に静かになる。どうやら小田急に乗り換える人が多いようだ。
松田を出ると、左に[あさぎり]が通る小田急との連絡線が別れて行き、直後に小田急小田原線をオーバークロスする。さてこういった連絡線は、私の乗りつぶしルールには明記していないのだが、取り立てて踏破対象にはしておらず、機会があれば乗るという扱いにしている。
どうやら松田で山下りは終わったようで、久しぶりに田畑を眺めながら、ほぼ一直線の軌道を最高110km/hで快走。新幹線の高架橋をくぐり、左にカーブを切りながら貨物線らしき線路をオーバークロスし、地平に降りてくると国府津駅構内だった。

これで御殿場線の踏破が完了。この辺りには未踏破路線が多いのだが、今回遠征では明日の最終日に身延線を乗りつぶす予定で、今宵は富士駅近くに宿を予約してある。という訳で、今度は一転して東海道を西進する。

◆国府津(15:39発;東海道線熱海行き快速[アクティー])→熱海
この辺りの東海道線は、幹線のはずなのに何故かローカル線っぽい印象を受ける。特に、小田原から熱海に掛けては、相模湾を見下ろす山の中を走る。その小田原では、未踏破の伊豆箱根鉄道や小田急電鉄や箱根登山鉄道の線路が見え、また乗りに来なければと思う。

国府津から30分弱で熱海に到着。浜松行きの普通電車には8分の接続だが、階段を昇り降りしてホームを移動しなければならない。でまた例によって、10両を超す電車から降りた人々がチンタラ歩くので、非常に流れが悪い。列車が入線してこないのを確認しながら、ホームの端を唯一人通常の速度で歩くのだった。



浜松行き普通電車が発車する3番ホームに上がると、ちょうど折り返しとなる熱海止まりの普通電車が到着したところ。しかしこれが、なんとたったの3連というふざけた編成で、当然の事ながら朝ラッシュ以上のむちゃ混み状態。姫路駅で新快速から乗り換えた岡山行き普通電車を思い出すが、アレよりもっと酷い。

◆熱海(16:15発;東海道線浜松行き普通)→東田子の浦
とにかく満員電車で、窓の外を伺うことも出来ない。車掌が、静岡から3両増結して6両になるとか案内放送しているが、熱海まで6両で来いと怒鳴りつけたくなる。と、隣に立っている旅なれぬ風の女子高生らしき2人が、メモを取り出してなにやら話しているのに気が付いた。身長差の関係で見下ろすようになったので、見るともなく見えたのだが、メモには大阪までの乗継行程が丸文字でびっしり書かれていた。恐らく夏休みで、青春18きっぷを利用して大阪へ遊びに行くのだろう。にしても、この時間帯に熱海に居ても今日中に大阪に着けるのだから、普通電車もバカには出来ないものだと思う。

満員乗車で我慢すること30分、東田子の浦で降りる。陽はかなり西に傾いているが、まだまだ日暮までは時間がある。という訳で、宿に入る前に本日最後の乗りつぶし、岳南鉄道の踏破を目指す。岳南鉄道に乗るなら、普通は乗換駅である次の吉原で降りるのだろうが、今回の行程では、ここから岳南鉄道の終点である岳南江尾まで歩こうと思う。こうすることで、吉原で乗り換えて往復乗車するより1本早い上り列車に乗れ、岳南鉄道の片道運賃を節約できる。とはいえ、たかだか350円でしかないのだが。
東田子の浦駅の可愛い駅舎を出、狭い駅前広場を突っ切っると交通量の多い県道に出る。左折してその県道を暫く歩き、また左折。東海道線を地下道でくぐって、左右に畑を眺めながら進むと国道1号線との交差点に出る。さすがに国道1号線は交通量が多く、信号の待ち時間も長い。ひょっとして壊れてるんじゃないか?と疑い始めた頃、漸く信号が変わって横断。そして、水田の中を一直線に伸びる道を歩いて行く。位置的にはほぼ正面に富士山があるはずなのだが、相変わらずの濃い霞で全く見えない。その代わりでもないが、遠くに白くて長い帯が右から左へ流れていくのが見える。恐らく新幹線だろう。
ところで、先ほどから非常に蒸し暑く、背の伸びた稲が一面に並ぶ水田に囲まれているので風も当たらない。額から首から背中から、滝のように汗が流れる。時折足を止め、ペットボトルのお茶で水分補給。
水田を突っ切ると、広い道に出て民家も見えてきた。そして、ちょっと裏道に入って岳南江尾駅に到着。なんだかんだで35分も歩いたので汗びっしょり。

岳南江尾駅は予想通りの無人駅だった。ホームに停車している車輌は、ラッシュ時のみ応援に出るのかパンタは上がっていない。ホームには奇麗な花壇が整備されていて、すぐ先には新幹線の高架橋が見える。そう言えば、新幹線のA席から何度か見下ろしたことがあったのを思い出した。
夕暮れ迫る無人の終着駅は、非常に趣があってよろしい。時折聞こえる新幹線列車の通過音も、それほど五月蝿くなくて適度なBGMだ。20分ほど待っただろうか、やがて電車がやってきた。が、まるで回送のように誰も乗っていなかった。これが折り返し吉原行きとなるので乗車する。車内には冷房が強めに効いていて心地よい。実は、夕凪で風が全くなく、汗がなかなか引かなくて困っていたのだ。

◆岳南江尾(17:45発;岳南鉄道吉原行き普通)→吉原
結局、私の他に乗客は居ないまま、貸切状態での発車となった。夕方の上り列車なので、ある程度は閑散とした状態でも仕方ないが、誰も乗っていないというのは問題だ。ともあれ、岳南江尾を発車した電車は、新幹線をアンダークロスして民家の間を抜け、田畑を眺めながらのんびり走って行く。神谷、須津と停車するが、誰一人として乗ってこない。ひょっとして吉原まで貸切?と不安に思い始めた岳南藤岡で、ご婦人がお一人乗ってきた。その後婦人は次の比奈で降りて行ったが、代わって5名ほど乗ってくる。と、いきなり工場の敷地内のようなところに突っ込んで、物々しい配管をくぐったりして岳南原田に到着。ここで仕事帰りのサラリーマンらしき集団が10人ほど乗ってきて、一気に車内は賑やかになった。
いつの間にか車窓には民家が増え、工業団地のような集合住宅も見える。次の本吉原でも背広族がどっと乗ってきて、立つ人も多い乗車率になる。続く吉原本町と日産前でも乗る人が多く、2両編成の電車はほぼ満員。ほんの10分ほど前までは私だけしか乗っていなかったのが嘘のようだ。
やがて電車は新幹線の高架橋を再びくぐり、左にカーブを切ると右から東海道線が寄り添ってきた。その向こうには田子の浦の港が見える。と、岳南江尾から西に進んできたのに、いつの間にか方角が逆になっている。帰宅後、時刻表の路線図ではなくちゃんとした地図で確認すると、岳南鉄道は『つ』の字を裏返したような線形になっていた。
そんなこんなで岳南鉄道は、たった20分の間に無人の寂しい終着駅から満員電車になって起点に到着するという劇的な変化を楽しませてくれた訳だ。

吉原駅に降り立つと、ほとんどの人が連絡跨線橋を渡ってJRのホームへ向かう。乗継時間に余裕のある私は、岳南鉄道の駅舎を眺め、工場敷地内の通路のような道をJR吉原駅まで歩いた。

◆吉原(18:15発;東海道線豊橋行き普通)→富士
先ほど東田子の浦まで乗った列車よりはマシだが、吉原から乗った東海道線下り電車も混雑していた。とはいえ、前述の通り今宵の宿は次の富士駅近くに予約してあるので、4分ほど揺られただけ。
夕暮れ近い街並みをホテル目指して歩いていると、門の脇でお盆の迎え火を焚いている家を多く見掛けた。


本日の踏破線区:御殿場線/天竜浜名湖鉄道/岳南鉄道
 

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