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2003年8月14日(木) 8時過ぎにホテルをチェックアウトし、ぶらぶらと駅へ向かって歩く。昨夜は暗くなってから到着したので解からなかったが、駅前通りを直進すると海に出るようだ。列車が来るまでまだ時間があったので、岸壁まで行ってみる。この辺りは有名なリアス式海岸なので、海岸線が入り組んでいて外海が全く見えず、まるで湖のような眺めだった。但し、停泊している船はかなり大きかったが。 今日は厚い雲が垂れ込めていて、8時を回っても半袖では少し肌寒い。潮風に当たっていると風邪を引きそうなので、足早に駅へと向かった。 ◆大船渡(8:39発;大船渡線盛行き普通)→盛 市の代表駅なのに、大船渡駅は棒線の停留所である。営業も民間に委託されているらしく、出札口にいた中年女性に青春18きっぷを示して日付印を捺してもらった。 盛行きのワンマン列車で、盛へ移動。思ったより乗車率は高く、立つ人も多かった。 盛からは、三陸鉄道の踏破を目指す。 昭和50年代後半、国鉄の赤字ローカル線廃止問題が最終局面を迎え、昭和60年代に掛けて多くの路線がバス転換されてレールが剥がされてしまった。しかし、第3セクターに引き継がれ、鉄道として継続した路線も少なからずあり、未成線を引き継いで新たに開業した鉄道事業者もある。 三陸鉄道は、国鉄の赤字ローカル線を転換した最初の第3セクター鉄道事業者で、昭和59年4月に元国鉄路線の盛線(盛〜吉浜),宮古線(宮古〜田老)と久慈線(久慈〜普代)を、未成線であった吉浜〜釜石間,田老〜普代間と併せて引き継いだ。 私が東北地方の国鉄路線を乗りつぶしたのは昭和59年3月で、三陸鉄道開業直前だった。当然、国鉄路線だった盛線も宮古線も久慈線も乗りつぶしているので、未踏破区間は未成線だった吉浜〜釜石間と田老〜普代間ということになる。 さて、盛から先は青春18きっぷが使えない。一旦改札を出て三陸鉄道の乗車券を購入するのだが、事前に調べたところ、青春18きっぷを提示すれば『三鉄1日とく割フリーパス』という乗り放題きっぷ(しかも小児の片道運賃と同額!)が買えるらしいので出札窓口で所望すると、南リアス線分しか売ってくれない。何故か?と問うと、北リアス線分は売り切れているから釜石か宮古で買ってくれとのこと。企画乗車券が朝8時台に売り切れているとは、尋常ではない。今は青春18きっぷのシーズン真っ只中である。売り切れる前に補充しておくのが常識ではないか。よしんば印刷された乗車券が売り切れであっても、手書き補充券で代用するなり対応手段があるだろう。それをせずに他の駅で買えなどと言うのは、あまりにも割引率が高すぎて儲からないから売る気がないのかと勘ぐってしまう。 出鼻を挫かれたようで非常に気分が悪いが、改札を抜けてホームへと向かう。 ◆盛(8:53発;三陸鉄道南リアス線〜山田線〜北リアス線直通久慈行き普通)→久慈 これから乗車するのは久慈行きの直通列車で、乗り換えすることなく三陸鉄道の未踏破区間を乗りつぶせるのはありがたい。但し、8分停車の釜石か5分停車の宮古で『三鉄1日とく割フリーパス(北リアス線用)』を買う手間が出来てしまったが! ホームで発車準備をしていたのは、三陸鉄道のレールバスである。2両編成だが、後寄りの車両は締め切り扱いとのこと。確かに、単行で充分なほどしか乗っていない。 大船渡方面へ引き返すような感じで盛を出ると、左にカーブして大船渡線と別れて盛川を渡る。と、立派な単線軌道をオーバークロスする。うっかり失念していたが、これは貨物輸送のみ行っている岩手開発鉄道である。10年ほど前までは旅客輸送も行っていたのだが、残念ながら今となっては乗る術がない。 20年振りにやってきた吉浜を出ると、いよいよ未踏破区間に入る。が、駅付近を除いて長大トンネルだらけで、車窓もへったくれもない。唯々暗闇を疾走するばかりで地下鉄のようなものだ。 釜石に近付くと漸く高架橋となって、大渡川を見下ろしながら遡上。20年前に釜石駅のホームから眺めた記憶のある橋梁を渡って、釜石に到着した。 さて、宿題となっていたフリーパスを購入せねばならない。駅窓口へ急ぎ、北リアス線用フリーパスを所望すると、ここには常備されていて無事に購入できた。列車に戻ってみると後寄りの車両も開放されているが、行き先表示は宮古となっている。恐らく宮古で切り離し、久慈まで行くのは前寄り1両のみだろうと推測し、元居た前寄りの車両に再び席を占めた。 釜石からはJRの山田線に乗り入れる。三陸鉄道に比べると旧い路線なので、車輌は同じでも走りはのんびりしたものになる。車窓は、海が近いのに山ばかりで退屈な眺め。リアス式海岸なので、海沿いにレールを敷けるような土地がないから仕方ないだろう。とある小説に出てきた吉里吉里の駅名標などを注視して気を紛らわせる。 津軽石で、姉妹列車とも言える久慈発盛行き普通列車と交換。因みに、久慈と盛を結ぶ直通列車は、夕方にもう1往復ある。 釜石から80分ほどで宮古に到着。予想通り、ここから先は単行のワンマン列車になるのだが、切り離すのではなく繋いだまま締め切り扱いとのこと。ところが車内は、宮古から乗ってきた人が多くて、通路まで一杯の乗車率である。なのに、後にはカラの車両を繋げて走ると言うのだ。なぜ後寄りの車両を締め切るのか、その理由が全く解らない。切り離してしまうのなら1両分の消費燃料を削減できるが、繋いだまま締め切っているのなら無駄な燃料を燃やしているだけである。閑散としている列車ならまだしも、多くの乗客を立たせているのだから、何をか言わんやである。盛駅のフリーパス売り切れの件にしてもそうだが、三陸鉄道には鉄道事業は客商売だという認識が欠落しているとしか思えない。 宮古を出ると、右へカーブを切って北リアス線に入る。南リアス線と同様に、次々と連なるトンネルを抜けて宮古線の終点だった田老に到着。田老を出て未踏破区間に入ると、更に長大トンネルが続く。三陸鉄道として新規開業した区間の95%以上はトンネルなんじゃないかと、真っ暗な窓を見ながら思う。 宮古から50分ほどで久慈線の終点だった普代に到着し、北リアス線も全線踏破となった。20年ぶりにやってきた普代駅だが、島式ホームの高架駅には何となく見覚えがあった。 元久慈線の区間に入ると幾分トンネルが少なくなって、ローカル線らしい車窓を楽しめる。と、大阪市内にありそうな名前の駅を発見。駅名標に書かれているキャッチフレーズもイカシてる。 盛から乗り続けること4時間弱、定刻の12時44分に久慈駅に到着した。 ◆久慈(12:54発;八戸線八戸行き普通)→八戸 久慈からは更に八戸線を北上する。停車していた八戸行きのキハ48にいそいそと乗り込むと、特急列車のようなシートが並んでいて驚いた。うみねこという編成で、東北新幹線の八戸延長開業に合わせて投入されたらしい。冷房装置はないが、扇風機で充分である。 陸中中野辺りで海岸に出、しばらく太平洋を眺めながらの走行となる。朝から太平洋岸を北上してきがら、ほとんど見ることが出来なかっただけに、妙に嬉しい。ところで、八戸線はタブレット閉塞を採用していて、しかも腕木式信号機が健在である。ホームに並ぶ手動転轍機を見ると昭和の時代に戻ったような錯覚に陥るが、よくよく見ればJR東日本という文字も見える。 そんなのんびりとした八戸線も、鮫辺りから乗ってくる人が多く、立つ人も多い状態になって終点の八戸に到着した。 昨年12月に目出度く新幹線駅となった八戸駅。西側に併設された新幹線ホームはドーム状の囲いで覆われていて、在来線ホームとは跨線橋で繋がれた橋上駅となっている。が、在来線ホームの階段は非常に狭く、乗り換えが大変そうに見える。 さてさて、朝から何も食べていないので空腹の極みである。あまり時間はないが、取り急ぎ駅構内のうどん屋で底入れしておく。 東北新幹線の延長開業に伴って分断された東北線を、更に北上する。 ◆八戸(15:09発;東北線〜大湊線直通大湊行き快速[しもきた])→三沢 新幹線からの乗り継ぎと思しき人も多く、キハ100×2連の快速[しもきた]は、発車時刻の10分前から超満員状態。せめて東北線内だけでも1両増結しないと、せっかく設置されているトイレにも行けないぐらいだ。 三沢までの15分は、只々我慢の乗車。 ◆三沢(15:31発;十和田観光電鉄十和田市行き普通)→十和田市 狭い駅前広場に出ると、すぐ脇に十和田観光電鉄の三沢駅が見える。駅舎の中に入るといきなり蕎麦屋の店内になっていて驚くが、横の通路を歩いて行くと切符売場(自動券売機)が見えてやれやれ。十和田市までの乗車券を購入して改札を抜けると、水鉄チックな電車が発車時刻を待っていた。 車内に入って待つこと暫し、定刻に三沢を発車・・・と、ブレーキエアーの抜ける音に続いてVVVFモーターの変調音が聞こえてきたから驚いた。慌てて運転席を覗いてみると、運転士は重厚なワンハンドルマスコンを操っている。 三沢を出ると左にゆるやかにカーブを切って、ヘンなところに出る。というのも、どう見ても温泉ホテルの敷地内を突っ切っているのだ。駐車場に居たホテル利用者らしき家族連れも、こちらを見て驚いた表情をしていた。 やがて林を抜けて田園地帯に出ると、県道10号線と併走する。最初の駅、大曲を出て暫くすると、右に急カーブを切って小さな小川に寄り添う。一見は用水路みたいだが、水量は豊富で流れも速い。古里駅に停車したとき、線路脇に説明看板が建っているのに気付いたのだが、この小川は稲生川という人口河川らしく、整備されたのは今を遡ること150年近くにもなる西暦1859年とのこと。 稲生川と県道10号線に沿って、田園地帯をのんびり走り、三沢から25分ほどで終点の十和田市駅に到着した。 十和田市駅は片面ホーム1線のみの配線で、ホームのすぐ脇に稲生川が流れている。また、レールはまだ先に延びていて、どうやら検車区に繋がっているようだ。 さて出口は?と思いつつホームを見渡すと、上りの階段がある。てくてく上っていくと、稲生川と市道を越える陸橋になっていて、陸橋を渡り終えたところに改札があって、バスターミナルのビルに直結していた。 バスターミナルのビルは立派だが、ここにも三沢駅と同様に、出入り口の脇に立ち食い蕎麦屋がある。十和田観光電鉄の利用者には蕎麦好きが多いのだろう。 ◆十和田市(16:10発;十和田観光電鉄三沢行き普通)→三沢 12分停留の折り返し列車で十和田市をあとにする。行きも帰りも乗車率は芳しくなく、これで鉄道事業が成り立つのか、ちょっと不安になった。 ◆三沢(16:44発;東北線八戸行き普通)八戸 プロレス技のような愛称のついた列車で八戸に戻ると、空はいつの間にか厚い雲に覆われていて、まだ17時を回ったばかりだというのに薄暗い。どうやら天気は下り坂のようだ。 さて、今宵の宿は八戸駅ビル内のビジネスホテルを予約してある。チェックインして窓のカーテンを開けると、眼下に八戸駅ホームが見下ろせた。 本日の踏破路線:三陸鉄道の一部区間(南リアス線吉浜〜釜石/北リアス線田老〜普代→全線踏破達成)/十和田観光電鉄 |