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2003年8月13日(水) 寒さを覚えて目が覚めた。寝ぼけ眼で時計を見ると、まだ5時半である。無理して早起きするつもりはなかったのだが、上手い具合に目が覚めたものだ。心の中で自分を褒めながら出発準備を始める。 今回の遠征では今日の行程が最も出来が悪く、8時15分から乗り始めて宿泊地の大船渡に着くのが21時過ぎになる予定だった。大船渡着を1本早くしようとすると、乗り始めは6時30分発にしなければならない。そんな訳で、5時半に目が覚めたのは好都合だった。 6時過ぎにホテルをチェックアウトして外へ出ると、身を切るような冷気が身体を包み込む。8月とは思えないほど寒く、半袖のポロシャツを恨めしく思いながら足早に駅まで歩くと、少しは身体が暖まってきた。 JR福島駅に隣接して、行き止まり式の小さな島式ホームが1面ある。ここが福島交通と阿武隈急行の乗り場であり、両者はホームを共用している。まずは福島交通を踏破すべく、自動券売機で飯坂温泉までの乗車券を購入して改札を抜ける。 ◆福島(6:30発;福島交通飯坂線飯坂温泉行き普通)→飯坂温泉 ホームにはギラギラとした朝陽が射し込んでいるが、相変らず気温は低い。半袖のポロシャツから出た腕を擦って寒さを堪えて待っていると、水鉄チックな電車がやってきた。折り返し、飯坂温泉行きとなるので乗車する。が、なんと車内には冷房が効いていて、車外と同程度の寒さである。 朝の下り列車なので、たった4〜5人の乗客を乗せて定刻に発車し、コトコト走ってすぐに停車。最初の駅 曽根田駅は片面ホームの無人駅で、東北新幹線の高架橋の足元に位置する。東北線と並んで新幹線をアンダークロスし、美術図書館前を出ると、東北線をオーバークロス。県道3号線と並んで走りながら、次々現れる小駅にこまめに停車していく。県道は、交通量は少なくないが渋滞はしていないという理想的な状態で、我が電車はクルマにどんどん追い越されてしまう。 今年7月にオープンしたばかりの片岡鶴太郎美術庭園をチラッと眺め、福島から25分ほどで、褶上川の河原に位置する飯坂温泉駅に到着。ホームは2面1線の行き止まりで、改札を出るとすぐ正面に階段がある。その階段を上ると地平レベルで、簡素な駅舎が建っていた。つまり飯坂温泉駅自体は半地下のような場所にあるってこと。 駅舎にコンビニが直結していたので、朝食を仕入れて駅の待合室で貪る。 ◆飯坂温泉(7:15発;福島交通飯坂線福島行き普通)→福島 今度は上り列車なので、乗車率は高い。とはいえ、座席がサラッと埋まる程度で冷房を効かせるほどの混雑ではないのだが、冷房に加えて扇風機まで稼動していて、むちゃくちゃ寒い。そんな訳で、福島までの約25分はまるで我慢大会のような乗車だった。 福島駅へ戻り、今度は阿武隈急行の乗車券を購入して、再びホームに入る。折しも2番ホームに、札幌発東京行き寝台特急[北斗星4号]が停車中。いまどき珍しい食堂車も連結した堂々の12両編成(電源荷物車含む)である。何の因果か、今はセカセカした乗りつぶしばかりやっているが、一度は昼近くまで走る夜行列車を乗り通してみたいと思わないでもない。ま、そのうち何かの機会に、夜行列車のんびり旅を企画してみてもいいかな?と考えつつ、乗りつぶしを進めることとする。 ◆福島(8:03発;阿武隈急行槻木行き普通)→槻木 阿武隈急行は、民鉄としては珍しい交流電化路線である。元々は東北本線のバイパスとして計画された路線で、丸森〜槻木間は国鉄丸森線として開業した。ところが、全通前に赤字ローカル線問題が持ち上がり、国鉄から切り離されて第3セクターとして全区間開業(更に電化)したという経緯を持つ。そんな阿武隈急行も開業15年を経過し、列車には記念のヘッドマークが誇らしげに掲出されている。 ホーム有効長ギリギリ一杯の4両編成だが、車内は閑散としていて、私が乗り込んだ先頭車は6名のみの乗車。通勤通学輸送の折り返しといったところだろう、後ろ寄りの2両は途中の高子で切り離すとの車内放送があった。 定刻に福島を発車した電車は、ポイントを渡って東北線の下り線に入っていく。福島交通の単線と並んで新幹線の高架橋をアンダークロス。右に福島交通が別れて行ったと思ったら、こちらも右にカーブして、その福島交通をアンダークロスする。くぐってばかりの東北線は、この辺りでは最も旧くに敷かれた路線ということになるのだろう。 やがて、ポイントを渡って東北線から分岐し、単線の阿武隈急行線に入った。 阿武隈急行は、前述の通り新しい路線なので、道路とは立体交差となるよう築堤の上にレールが敷かれている。電化路線で、尚且つ高速運転する予定もなかったのだろう、防音壁のような無粋なものはなく、非常に見晴らしのよい車窓である。左右に水田を見下ろしながら快走してきた電車は、阿武隈川を渡って向瀬上を出ると、急に山に突っ込んでトンネルを2つ抜け、高子に到着した。ここで後ろ2両を切り離すのだが、切り離した2両は折り返し福島行きとなるらしい。なかなか細かい車両運用を組んでいるものだと感心するが、高子駅のホームで電車を待っていた人は数名しか見えなかった。 高子を出ると、再び水田を見下ろしながらの快走となる。景色が変わり映えせず、早起きだったこともあって、眠くなってきた。睡魔と闘いながら車窓を眺めていると、富野辺りから急に車窓が山深くなり、阿武隈川に沿うようになる。田園風景から渓谷に車窓が変わったので、ついつい阿武隈川に沿って上っていくような錯覚に陥るが、川面を良く見れば、川の流れは列車の進行方向と同じである。福島県には、東北新幹線や東北線が通るいわゆる中通り地区と呼ばれる南北に細長い盆地があって、そこを流れる阿武隈川は山の間を通って太平洋へと流れている。我が阿武隈急行も、阿武隈川と同様に山の間を抜けて行く訳だ。 そんなことを考えながら阿武隈川を見下ろしていると、長いトンネルに入った。トンネルを抜けたところが あぶくま駅で、既に宮城県に入っている。それにしても山深いところで、阿武隈川が切り刻んだ峡谷の只中といった感じである。あぶくまを出ると、その峡谷伝いに下っていくが、所々をトンネルでショートカットしていく。やがて峡谷が終わって民家が見えてくると、国鉄丸森線時代の終点だった丸森に到着。阿武隈急行になって建て替えられたのか、駅舎には見覚えがなかったが、取り敢えずこれで阿武隈急行も踏破達成である。それにしても、富野からここまでの県境区間は人家も稀で、更に急峻な渓谷やトンネルなども多く、何故当時は丸森までしか線路が敷かれなかったのか今になって解ったような気がする。 丸森を出ると、それまでとは全く異なる田園地帯。各駅で10人単位で乗車してきて、車内は徐々に賑やかになってきた。全通しても、人の流れは大きくは変わってないのかもしれぬ。 やがて左から東北線が寄り添ってきて、上り線をオーバークロスして槻木駅に進入。到着した2番ホームには中間改札があって、乗車券をチェックするだけ。(回収はせず) ◆槻木(9:21発;東北線仙台行き普通)→長町 槻木から東北線を北上する。悪名高き701系だが、昔の客車ドン行に比べれば速度は格段に速く、便利な乗り物である。やれ旅情がなくなっただの、駅弁が食べられないなどというのは、旅行者の我侭でしかない。 701系に揺られること約20分の長町で下車。駅のすぐ前を東北新幹線の高架橋が横切っている。 長町で降りたのは、ここから仙台市営地下鉄の踏破を目指すためである。仙台市営地下鉄南北線は、富沢〜泉中央間14.8kmを結ぶ路線で、途中の長町・仙台・北仙台の3駅がJRとの乗換駅となっている。 なお、仙台市交通局は今年の6月に、動物公園〜荒井間約14kmを結ぶ地下鉄東西線の事業許可を国土交通大臣に申請したというニュースを聞いているが、開業予定時期は平成27年度とのことで、まだまだまだまだ(笑)先の話である。 長町の駅前を通る国道4号線を暫く歩くと、地下鉄駅の入り口を発見。階段を下り、乗車券を買って改札を抜けてホームに降りると、9時47分発の富沢行きが出た直後。あわよくばと思っていたJRからの6分乗り継ぎは失敗したが、さすがに地下鉄なので列車本数は多く、5分後には次の電車がやってきた。 ◆長町(9:52発;仙台市営地下鉄南北線富沢行き)→富沢 いくら末端区間とはいえ、1両当たり5名程度しか乗っておらず、あまりにも閑散としすぎている。仙台は東北地方最大の都市だが、市域としてはそれほど広くないように思える。 電車は暗闇の中をトコトコと走り、次は終点の富沢というところで地上に顔を出した。高架の島式ホーム1面の富沢駅は、先に車輌基地への引込み線が延びているので、終着駅っぽくはない。 一旦、駅の外へ出てみる。が、ただ住宅地が広がっているだけで、駅前には商店の1店舗すら見えなかった。 ◆富沢(10:04発;仙台市営地下鉄南北線泉中央行き)→泉中央 さて、一気に泉中央まで踏破するぞと、気合を入れ直して改札を抜けてホームへ上がる。富沢駅では、到着ホームと発車ホームが区別されているようで、到着した列車は車輌基地方面の引き上げ線で転線して入線してくる。例によって先頭車両に陣取れば、運転室後方の仕切り板にローレル賞のプレートが誇らしげに飾られていた。 富沢を定刻に発車した電車は、地下にもぐって暗闇の中を淡々と走っていく。最初は閑散としていた車内だが、各駅で少しずつ乗車があって、仙台に着く頃には立つ人もいた。仙台を過ぎると徐々に空いてくるのかと思ったら、意外にも乗車率は高いまま。黒松を出ると地上へ顔を出し、住宅地を見下ろしながらの走行となる。 Jリーグ、ベガルタ仙台のホームスタジアムである仙台スタジアムの傍を通り、富沢から30分弱で終点の泉中央に到着した。そういえば、車輌にはがんばれベガルタ仙台のステッカーも貼られていたっけ。 ◆泉中央(10:44発;仙台市営地下鉄南北線富沢行き)→仙台 泉中央の駅前も住宅地で、コレといって見るところもなさそうなので、早々に乗車券を購入して改札を抜け、仙台まで折り返す。 仙台で降りて改札を抜けると、すぐ先にJRの切符売り場と改札が見える。ここが、JR仙石線の あおば通駅である。 以前の仙石線は、仙台駅の片隅から発着していたのだが、苦竹以南を地下化して あおば通まで延長開業し、仙台市営地下鉄と連絡するようになったのだ。私の未踏破区間は仙台〜あおば通だが、最初の地上駅となる苦竹まで行ってこようと思う。 ◆あおば通(11:07発;仙石線多賀城行き普通)→苦竹 ホームに掲出されている時刻表に、石巻行き列車が臨時ダイヤで運転されている旨の表記を見付けた。先月発生した地震の影響で、未だに徐行区間があるらしい。 やっぱ103系は地下駅には似合わないなと思いつつ乗車。車内は空席も多い状態で、思ったよりすいている。地下の暗闇にモーター音を響かせて走り出すが、すぐに仙台に到着して、無事に仙石線も踏破完了。仙台から乗ってくる人が多く、座席がサラッと埋まった。 103系は賑々しく地下の暗闇を疾走し、陸前原ノ町を出ると勾配を駆け上がって地上へ顔を出して、苦竹に到着した。 ◆苦竹(11:21発;仙石線あおば通行き普通)→仙台 ホームを移動し、仙台に戻ろうと上り電車を待っていると、怪しい面構えの車輌がやってきた。E231系の投入により山手線から玉突きされてきた205系で、改造先頭車にはなんとHID前照灯が採用されていて、とても205系には見えない。おまけに、サイボーグ009やゴレンジャーやロボコンなどの漫画キャラクターが車体に描かれていた。 仙台駅に到着し、長いエスカレーターと連絡通路を通って、東北線のホームに繋がる跨線橋に出た。更に跨線橋を渡りきって改札を出る。駅前に出てみると、強い陽射しが照り付けて額や背中にじんわりと汗が沸いてくるが、遠征初日に比べればまだまだ涼しい。乗り継ぎ時間が1時間ほどあるので、ここで昼食タイム。 ◆仙台(12:40発;東北線一ノ関行き普通)→石越 12時40分発の一ノ関行き普通電車は、701系を8両も繋いでいるのに信じられないぐらいの大混雑。20台前半の軽装の若者が多いので、沿線で何かイベントがあるのかも知れない。さてどこに乗ろうか?と考えながら、車内を伺いつつ編成の後の方へ歩いて行くと、6両目ぐらいから混雑度合がマシになり、最後尾の8両目には空席もあったので着席する。車内放送で、後寄り4両は小牛田で切り離すとか言ってるけど、小牛田到着間際に移動すれば、また座れるだろう。とにかく、今の前寄り4両は都心の朝ラッシュぐらい酷い状態なのだから。 定刻に仙台を発車。利府への枝線が分岐する岩切で大量の下車がある。どうやら利府行きに乗り換える人が多いようだ。利府駅近くには宮城スタジアムがあるのだが、今日は何かのイベントが開催されるのかもしれぬ。 車内の混雑は幾分マシになったが、まだまだ立つ人も多い状態で、さすがに仙台近郊は鉄道利用者も多いものだと感心する。(にしては、地下鉄の乗車率は低かったが。) 松島辺りまでは順調に走ってきたが、レールの温度が上昇しているとかで徐行し、6分程度の遅れが出る。遠征初日に比べればかなり涼しく、気温は30度程度だと思うのだが・・・。品井沼辺りから701系本来の走りに戻るが、発生した遅れをいつまでも取り戻せないでいる。最後尾に乗っているので車掌の動きが見えるのだが、停車時間を切り詰めようという考えはないような感じ。 結局、小牛田には6分遅れのまま到着した。所定10分停車の小牛田で後寄りの4両を切り離し、定時に発車できるものと思われた。が、石巻線の接続列車が遅れているらしく、それを待ってからの発車となるとの案内があった。やはり石巻線も、先月の地震の影響を引きずっているのだろう。それはそれで仕方ないのだが、この先の行程が少し心配である。石越での乗り継ぎ時間は11分しかなく、乗り継ぐ相手はJRではないので、遅れたら接続を取らないかもしれぬ。やきもきしながら待っていたが、13時40分頃にホームの向い側に到着。乗り継ぎを待って発車してみると、結局6分遅れに戻っていた。 駅間ではずいぶん飛ばすが、相変らず停車時間を切り詰めようという素振りは全く見えず、石越には6分遅れのまま到着。 ◆石越(14:12発;くりはら田園鉄道細倉マインパーク前行き普通)→細倉マインパーク前 さて、いよいよ今回の東北遠征のメインターゲットである、くりはら田園鉄道の踏破を目指す。 5分乗り継ぎだからと、足早に改札を抜けて駅舎を出ると、すぐ目の前にくりでんの石越駅舎が建っていた。駅前広場(というほど広くはないが)を共用しているような感じで、客待ちで停まっているタクシーの間をすり抜け、くりでんの駅舎に入る。と、どうやら無人駅となって久しいようで、出札窓口は塞がれていて改札口にも人が居ない。改札を抜けると、行き止まりの片面ホームに単行の列車が停まっている。前部に回って写真を撮り、発車時刻も近いからと足早に乗り込んだのが、車内はあまりにも閑散としていている。やがて、のんびりとJRから乗り換えてきたのだろう数名が乗車し、発車時刻となった。 さて、くりはら田園鉄道は石越〜細倉マインパーク前間の25.7kmを結ぶ路線で、元々は栗原電気鉄道を名乗っていたのだが、設備の保守費用を削減するため電気運転をやめ、くりはら田園鉄道に改名したらしい。なるほど、今でも線路脇に架線柱が立っているし、一部区間では架線が張られたまま残っている。 石越を発車した列車は、左にカーブを切って東北線と別れ、田園地帯を走り出す。くりでんでは腕木式信号が現役で稼動している。若柳ではタブレット交換も見られた。車窓を見ても水田ばかりだし、時代が20年ほど遡ったような気分になる。東北新幹線と東北自動車道をアンダークロスする時には、ムリヤリ現代に引き戻されたように感じるが、それは一瞬の事で、水田の中をのんびりのんびり走っていく。 鶯沢を出ると車窓に変化が現れる。水田が尽きて山がちになり、上り勾配を登っていくのだ。次の鶯沢工業高校前を出ると更に勾配が急になり、左右にカーブを切りながらジリジリとした足取りになる。以前の終着駅だった細倉駅跡のホームを掠め、石越から45分ほど掛かって終点の細倉マインパーク前駅に到着した。細倉マインパーク前駅は、片面ホーム1線の無人駅で、駅舎は小奇麗で新しかった。駅名の由来となった細倉マインパーク(という名前のテーマパーク)は、ここから歩いて10分ほどの位置にあるらしい。 ◆細倉マインパーク前(15:08発;くりはら田園鉄道石越行き普通)→石越 慌しく、12分停留の折り返し列車で石越へ戻る。出来れば1本落としたいところなのだが、列車本数が少ないのでやむを得ない。細倉マインパーク前駅は無人駅で自動券売機もなかったので、車内の整理券発行機から乗車整理券を1枚取る。昔はバスみたいだと思っていた整理券だが、今ではローカル線のワンマン運転では当然のものとなってしまった。 15時50分頃に石越に到着。もう見ることがないかもしれない、くりでんの石越駅舎を記憶に焼き付け、JRの石越駅に戻る。 ◆石越(15:59発;東北線一ノ関行き普通)→一ノ関 次の一ノ関行きも6分ほど遅れてやってきた。この列車は石巻線の接続を受けるダイヤではないので、例の暑くもないのにレール温度上昇という名目での徐行運転で遅れているのだろう。701系を6両も繋いでいるが、座席はサラッと埋まるぐらい乗っていた。 西日をいっぱいに受けた一ノ関駅に到着。乗継時間が1時間ほどあるので、駅前の喫茶店で久々にお茶して過ごした。 ◆一ノ関(17:21発;大船渡線盛行き普通)→大船渡 さて、今宵の宿は大船渡線の大船渡駅近くに予約してあるのだが、一ノ関から2時間半も掛かる。盛行きの普通列車はキハ100の3連で、立つ人も多い状態で夕暮れ迫る一ノ関を発車した。幸いにしてロングシート部に着席出来たので、ぼんやりと暮れ行く車窓を眺めていると、睡魔が襲ってきた。今日は5時半に起きたし、朝から列車を14本も乗り継いできたのだから疲れてもいる。未踏破区間でもないし車窓も暗くなってきたので、無理せず眠ることとした。 なんだかんだで一ノ関から2時間半、漸く大船渡に到着。すっかり暮れてしまった駅前通りを、予約してあるビジネスホテルに向かって歩いた。 本日の踏破線区:仙石線の一部区間(あおば通〜仙台→全線踏破)/福島交通/阿武隈急行/仙台市営地下鉄/くりはら田園鉄道 |