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四国東南部乗りつぶし行
(第2日目)

琴電の旧式電車を堪能
琴電の旧式電車を堪能

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2003年4月29日(祝)

6時半にホテルをチェックアウトし、鳴門駅へ歩く。今朝は厚い雲が垂れ込めていて、気温が低くて風も冷たい。但し、天気予想では晴れて夏日になるとか言っていたが。

夕べは暗くて解り辛かったが、鳴門駅前は国道28号線が通っているだけで、至って普通の街に見える。それもそのはず、渦潮で有名な鳴門海峡は、ここから7km以上も先なのである。
まだ駅の営業は始まっていないようで、無人の改札を抜けてホームへ上がると、2本の列車が止まっていた。既にエンジンが掛かってドアが開いている、1番ホーム側のキハ47の2連が6時48分発の鳴門行きになるようだ。
鳴門線は、この列車が上り始発というのんびりしたダイヤなのだが、2番ホームに停車している編成は、このあと7時32分発の徳島行きとなるのだろう。下りの始発が鳴門に着くのは、8時11分である。
と、車内の吊り広告に、新型マリンライナー車輌製作中の写真を発見。今年10月のデビューを予定しているそうで、ダブルデッカーが採用されるらしい。

7〜8名程度の乗客を乗せ、徳島行き始発列車は発車した。今日は祝日なのでこの程度の乗車率だが、昨夕の状況から、平日ならば多くの学生が乗っているのだろうと思われる。

住宅地の中を暫く走ると、新池川沿いに広がる田畑の中を行くようになる。しかし、北側のそう遠くないところに山があって、それほど広い平地ではない。鳴門線と聞くと、どうしても鳴門海峡を思い浮かべてしまうけど、何の変哲もない徳島近郊のローカル線である。
駅ごとに乗客が増え、7時00分に高徳線に合流する池谷に到着した。

池谷は、南の上空から見るとVの字に、島式の2本のホームが設置されている。駅舎はVの字に挟まれた位置にあって、ホームとは跨線橋で結ばれている。乗り換える高徳線上りは、7時2分発という好接続の普通列車があるが、目指す志度には後の特急[うずしお2号]が先着するので見送り、ちょっと駅前に出てみる。
レールに挟まれた三角地帯のような場所にある駅舎は、非常に味がある。が、駅前は店舗が1つ見えるだけで、民家が連なるばかりである。祝日の朝だからだろう、駅にやってくる人もいない。

漸く太陽が顔を出したが、まだまだ気温は低い。ホームに戻って寒さを堪えながら待っていると、高松行き特急[うずしお2号]がやってきた。そそくさと先頭の3号車自由席に乗り込んでみると、上手い具合に右側最前列が空いていたので、デッキ越しに前面展望を楽しむ。
昨日来た道を引き返すような格好で、定刻の7時55分に志度に到着した。

志度駅は、元々は如何にもそれらしい国鉄駅だったようだが、真新しい橋上駅になっていた。そんな志度駅の出札口で、『ことでん・JRくるり〜んきっぷ』を購入する。これは高松琴平電鉄全線とJR四国の志度〜高松〜琴平間の普通列車が1日乗り放題となる乗車券で、今日はこれから琴電の全線を踏破する予定である。



JR志度駅前には、交通量の多い国道11号線が横たわっている。長い信号待ちを終え、国道を渡って暫く歩くと、左側に琴電志度駅の可愛い駅舎があった。

琴電志度線は、瓦町からここ琴電志度までの12.5kmの路線で、琴電3路線のうち最も短い路線である。ホームで待っていると、折り返し瓦町行きとなる可愛い2連の電車がやってきた。いそいそと乗り込むと、ほどなく発車時刻となった。

さすがにローカル民鉄らしく、路盤が貧弱なので、40km/h程度の速度でも上下左右に振り回されるように揺れる。最初の駅 原を出ると、右の車窓にいきなり瀬戸内海が広がって驚く。琴電志度線はJR高徳線とほぼ並行しており、高徳線の車窓から海が見えることはほとんどなかったからだ。
しかし、瀬戸内の眺めも長続きはせず、房前ノ鼻と呼ばれる岬を回りこむと内陸部に入り込み、国道11号線に沿って走っていく。八栗新道駅に停車すると、国道の向こうにJR高徳線の讃岐牟礼駅が見えた。

志度から15分ほどで八栗に到着。ここで志度線の電車から一旦降りて、四国ケーブル(八栗ケーブル)の踏破を目指す。八栗駅は駅前広場すらない駅で、駅前の路地を抜けて暫く歩くと、『八栗ケーブル→』と示された看板が目に入った。
案内看板に従って歩いていくと、徐々に上り勾配がキツくなっていく。照り付ける陽射しが強くていつの間にか気温も上がっており、額からは汗が噴き出して息も切れてきた。一瞬、六甲ケーブルの悪夢が脳裏をよぎったが、八栗駅から25分ほどで八栗登山口駅にたどり着くことが出来た。

駅舎に入り、まずはケーブルカーの往復乗車券を購入。続いて自販機でお茶を購入して水分を補給しつつ、ベンチに腰掛けて休憩していると、改札が始まった。
ホームは緩やかな階段で、ボンネットが張り出したユーモラスなケーブルカーが停まっていた。例によって、最前部に陣取って前面展望を楽しむこととする。
定刻の9時00分に発車。ほぼ一直線の軌道を、ケーブルに引っ張られてグイグイ登っていく。中間地点で下りのケーブルカーと交換すると、更に勾配が急になり、登山口駅から約4分で山上駅に到着した。下車し、ホームの間を覗いてみると、巨大な巻き上げ機が鎮座していた。

ケーブルカーの山側の駅は、巻き上げ機などの機器が多くあるので、ちょっと物々しい外観の駅舎が多いのだが、八栗山上駅は平屋の小ぢんまりした駅舎だった。駅舎の周りには桜の木が多く、散った花びらが足元を舞っている。桜の根本にはツツジの木が多く、今は桜に替わってツツジが満開である。

さて、八栗山(正式には五剣山という)には、四国88箇所巡り85番札所の八栗寺がある。
「四国88箇所巡り」は『お遍路さん』で有名だが、八栗寺へ向かう道では意外と見掛けない。山道を5分ほど歩くと立派な多宝塔が見えてきたが、この辺りにはお遍路さんが多かった。どうやらお遍路さんは、ケーブルカーでなく歩いて登ってくるのが本筋のようだ。
にしても、お寺を88箇所も巡って何が面白いのか?と思う。とはいえ、私がやっている乗りつぶしも、他人から見れば用もないのに電車に乗って何が面白いのか?と思われているのかもしれぬ。
そういう意味では、四国88箇所巡りは鉄道路線乗りつぶしに通ずるものがあるのかも?と思ったりもする。

山上駅9時30分発のケーブルカーで下山する。上から見下ろすと、下界の街並みが米粒のように小さく見える。乗りつぶしを進めるに連れ、ケーブルカーの山側の駅から見下ろす景色が好きになってきた。普通鉄道ではまず見られることがない景色だというのもあるのだろうが。

道中、このあと目指す屋島を右に眺めながら登山口駅へ下り、また八栗駅まで歩く。気温は更に高くなっているが、今度は下り坂なので歩く速度が速く、頬を初夏の風が撫でていく。



八栗駅から、10時10分発の瓦町行き電車に乗車する。年代物の旧式電車で、吊り掛けモーターを唸らせてトコトコと走る。思わず頬の筋肉が緩むが、たった2駅間 5分乗っただけの琴電屋島で下車して、屋島ケーブルの踏破を目指すこととなっている。

後ろ髪を引かれるような思いで琴電屋島駅に降り立ち、如何にもローカル民鉄らしい駅舎を出ると、正面に屋島と山肌を刻んでいる屋島ケーブルの軌道が見える。しかも、よくよく見ると10時15分に発車したケーブルカーがトコトコと走っているではないか。山肌をゆっくりゆっくり登っていくケーブルカーは、テントウムシが葉をよじ登っている光景に似ていると思うが、ケーブルカーの車内からは、こちらが米粒のように見えているのだろう。

屋島駅前の道を5分ほど歩くと、屋島登山口駅に行き当たった。やはり上り坂だったが、八栗に比べると近いので楽なもの。ここでも往復乗車券を購入し、改札を待つ。屋島登山口駅の駅舎内は、売店と喫茶店が併設されている。寺しかない八栗とは違い、屋島には山上水族館などがあるからか、八栗では全く見掛けなかった家族連れが多く、売店も大忙しである。そういえば、今日は祝日だったっけ・・・。

10時30分頃、改札が始まった。早速ホームへ入ると、ずいぶん年季の入った辨慶号が佇んでいる。いそいそと乗り込むが、残念ながらかぶり付き席はなかった。前方に目をやると、軌道が見事に山肌を刻んでいるのが見える。
定刻の10時35分に発車すると、八栗ケーブルより少し速い速度で引き上げられる。左後方に高松の市街地を見下ろしながら徐々に高度を稼ぎ、小さなトンネルを抜けて屋島山上駅に到着した。

屋島山上駅の駅舎はずいぶん物々しい建物で、小型の発電所のようにも見える。駅前には土産物屋があるが、ケーブルカーから降り立った家族連れが通過してしまって暇そうである。
駅前から、花壇に囲まれた遊歩道が延びているので、ちょっと歩いてみる。屋島には、84番札所の屋島寺の他、前述の山上水族館やホテルが建っていて、八栗より俗化している。
家族連れをどんどん追い越して遊歩道を歩いていると、いきなり見晴らしの良い場所に出た。八栗と屋島を隔てる入り江が眼下にある。遠くに小豆島も見えるはずなのだが、残念ながら霞んでいて見えなかった。

屋島山上駅から11時15分発の義経号に乗車。再び高松の市街地を眺め、中間地点で辨慶号と交換して下山。

琴電屋島駅から、三たび瓦町行き電車に乗車する。と、先ほどここまで乗ってきた旧式電車がまたやってきた。祝日の昼前ということもあってか、立つ人チラホラ程度の乗車率。四国では初めて座れない電車となったが、耳では吊り掛けモーターの唸りを、目では車窓を楽しむ。
新川,春日川,詰田川と渡り、高松市の市街地に入っていくと、民家のすぐ近くにレールが敷かれているので、見通しが利かなくなる。

4方向へ路線が延びる琴電のジャンクション、瓦町に到着したのは11時49分。ここからは、高松築港と長尾へ往復してから、琴平へ抜けることとなっている。という訳で、高松築港行き電車に乗り換えようとしたのだが、瓦町駅の志度線ホームは他のホームからずいぶん離れたところにあり、跨線橋を登ってムービングウォークを歩いたりで、移動に3分程度掛かった。
本線と長尾線のホームは、建物に内包されていて昼でも暗い。

長尾からやってきた、11時54分発の高松築港行き電車に乗車する。高松の市街地を突っ切るように走り、片原町を出ると左に大きくカーブを切る。と、右の車窓に高松城址の堀と石垣が見える。その堀に沿うように右へカーブを切って、終点の高松築港駅に到着。ホームのすぐ傍に城址の堀と石垣がある。

高松築港駅の小奇麗な駅舎を出て暫く歩くと、妙に未来的な建物が見えてきた。これが建て替えられたJR高松駅の新駅舎。京都駅ビルを初めて見た時と同様の、何だかやり切れないような気分になってしまう。
回れ右し、高松築港駅近くのうどん屋で昼食とする。やはり高松に来たからには、讃岐うどんを食べない訳にはいかない。



腹が膨れたところで、琴電の乗りつぶしに戻る。

12時33分発の長尾線長尾行きは、旧式電車の2両編成。真上から陽射しが照り付け、車内は真夏のように蒸し暑い。この車輌には冷房のような気の利いたものは付いていないので、窓を全開にする。吊り掛けモーターを賑々しく唸らせて走り始めると、窓から涼しい風が吹き込んでくる。瓦町までは先ほど来た道を進み、瓦町を出ると左にカーブを切って本線と別れ、住宅地の中を走っていく。
JR高徳線をアンダークロスする頃から、車窓には田畑が目立つようになってくる。田畑と住宅地が広がる車窓は、変化に乏しくて退屈だ。昼食後の昼下がりという事もあって睡魔が襲ってくるけれど、何とか我慢して車窓を眺める。

終点の長尾に着いたのは13時09分。可愛い駅舎は建っているものの駅前は非常に狭く、駅に繋がる商店街は眠ったように静まり返っている。終点としてはなんとも中途半端なところで、特に見て歩くところもなさそうだ。
という訳で、14分停留で折り返しとなる13時23分発の高松築港行きで瓦町まで引き返す。

瓦町までの車中で少しウトウトして、頭がスッキリした。引き続き琴平線の踏破を目指し、14時04分発の琴電琴平行きに乗車。祝日の昼下がりの下り列車なので、2連では少し心もとないぐらいよく乗っている。

先ほど乗ってきた長尾線のレールを左に見て別れ、JR高徳線をアンダークロス。高松の市街地から、徐々に郊外へ出て行くのが、車窓を見ていてよくわかる。一宮辺りからは田畑が車窓の大半を占めるようになり、円座を出ると急な上り勾配に掛かった。登り切ったところが岡本で、左に大きな溜池が広がっている。岡本を出ると今度は急な下り坂で、電車はソロソロと下っていく。

その後は田畑の中を行くばかりで、車窓の変化が乏しい。右に、国道32号線が付かず離れず併走しているが、交通量は多くないようだ。いつしか太陽が隠れてしまい、厚い雲が垂れ込めてきた。
榎井を出るとJR土讃線をアンダークロスし、左に大きくカーブを切って終点の琴電琴平に到着した。

琴電琴平駅は小奇麗な駅舎だが、駅のすぐ前にJR琴平駅に繋がる道が通っていて、観光客らしき人通りが非常に多く、どうも落ち着かない。これらの人の多くは讃岐の金毘羅さんにお参りに行くのだろうが、私には長い石段を登ってまで立ち寄っている暇はない。さっさと行程を進めるべくJR琴平駅に移動。



JR琴平駅にも観光客が多い。は良いのだが、駅前で ♪金毘羅船船お池に帆立ててしゅらしゅしゅしゅ・・・でお馴染みの民謡がエンドレスで流されているのには閉口。

再び周遊きっぷの四国ゾーン券を取り出して改札を抜けると、見慣れぬヘンテコリンな列車が停車している。ヘッドマークには「瀬戸大橋トロッコ」とあり、案内放送によると瀬戸大橋開通15周年を記念したトロッコ列車らしい。瀬戸大橋トロッコ号は、多くの家族連れを乗せて発車していった。が、トロッコ車輌に乗ってるとキハ185系が吐き出す紫煙が煙たいんちゃうかぃな?と思う。
#一部には芳しい香りと喜ばれる方(謎爆)もいらっしゃるだろうが。

さて、ここからは一気に高知へ足を延ばす行程となっている。15時43分発の高知行き特急[南風11号]は2000系気動車の4連だが、ずいぶんとまた派手な外観である。これは、高知県出身の漫画家やなせたかし氏の代表作である『それいけ!アンパンマン』に登場するキャラクターのラッピングが施されたアンパンマン列車である。
ちょっと気恥ずかしさを覚えながら車内に乗り込むと、天井にもアンパンマンが飛んでいた

定刻に琴平を発車した[南風11号]は、振り子を効かせながら右に左にカーブを切りつつ田畑の間を駆け抜けていく。だらだらした上り勾配が続いても力強い走りで、いつしか薄暗い山中に分け入り、県境の長いトンネルに突っ込んだ。トンネルを抜けると徳島県で、原生林の只中である。もう一つトンネルを抜けると、右の車窓の一段低いところにスイッチバック式の坪尻駅のホームが一瞬垣間見える。噂には聞いていたが、原生林に囲まれた谷底にあり、駅の周辺には民家どころか鉄道関係以外の人工物は全く見えなかった。

機関ブレーキを効かせながら、小さいトンネルを幾つも抜けて山を下っていくと、いきなり右の車窓が明るくなる。この辺り、線路は山の中腹にへばりついて、吉野川が刻んだ谷を見下ろすように敷かれている。更に、ハーフループを描きながら勾配を駆け下りて吉野川を渡るのだが、箸蔵を通過した辺りで、この先渡ることになる橋梁が見えた。
吉野川の右岸に渡ると、左から徳島線が寄り添ってきて佃を通過。今度は吉野川に沿って徐々に勾配を登り、阿波池田に停車した。

阿波池田からは吉野川に沿って遡上し、小歩危・大歩危の渓谷を眺めながらの走行となる。トンネルでいくらかショートカットしているものの、右に左にカーブを切りつつ勾配を登っていくのだが、2000系気動車の走りは80km/h程度で力強い。せっかく大歩危・小歩危の渓谷が見えるのだから、もうちょっとゆっくり走ってもらいたいとも思う。

県境を越えて高知県に足を踏み入れても、まだ吉野川に沿って登っていく。土佐穴井で漸く吉野川と別れると、次の大杉で運転停車して特急[南風20号]と交換する。ところが[南風20号]は遅れているらしく、なかなか姿を見せない。5分ほど停車していただろうか、漸く姿を見せた[南風20号]もアンパンマン列車であった。

大杉を出ると、原生林の深い山中へと踏み込んでいく。これまで以上にカーブもトンネルも多く、さすがに2000系気動車も少し足色が鈍る。
繁藤を通過して長いトンネルを抜けると、やっと下り勾配に転ずるが、カーブがきついので機関ブレーキを掛けながら恐る恐るといった感じで下っていく。右の車窓にスイッチバックの新改駅のホームがチラリと見え、小さなトンネルを幾つも抜けていく。
車窓にやっと街の気配が感じられたところで、土佐山田駅停車の案内放送が入った。いつしか雲が切れ、西日が眩しく射している。
土佐山田には3分遅れでの到着となった。ここで交換する特急[南風22号]にも、3分程度の遅れが発生する。単線鉄道の宿命とはいえ、昔の国鉄ダイヤなら大きな駅では時間調整の長時間停車が設定されていて、そこで遅れを吸収できたものだった。いたずらに余裕ばかり取って到達時間が長くなっては困るが、余裕がなさ過ぎるダイヤも少しの遅れが取り戻せなって良くないと思う。

田植えが終わったばかりの水田を突っ切るように、少しでも遅れを取り戻そうと快走する[南風11号]。後免に停車するのももどかしそうな走りである。
国分川に掛かる橋梁は、架け替えられたばかりのようで、布師田の駅も仮駅のような感じである。と、不意に建設中の高架橋が姿を現した。道路にしては幅が狭く、どうやら土讃線を単線のまま高架にして連続立体交差を実現させようとしているようだ。ついでに複線にすれば良いのに、と思わないでもないが、複線にするほどまで列車本数は多くない。

終点の高知には、3分遅れのまま到着した。さすがに県庁所在地駅で、バスと市内電車が発着する駅前広場は、人通りが多くて賑やかである。
人並みを掻き分けるように駅から離れ、予約してあるホテルに向かった。


本日の踏破路線:屋島登山鉄道(屋島登山口〜屋島山上),四国ケーブル(八栗登山口〜八栗山上),高松琴平鉄道(瓦町〜琴電志度/瓦町〜長尾/高松築港〜琴電琴平),土讃線の一部区間(琴平〜高知)
 

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