インデックスへ戻る
トップへ戻る


乗り鉄 in 中国地方ぐーるぐる
(第2日目)

水量豊な江の川に沿って走る、風光明媚な三江線
水量豊かな江の川に沿って走る、風光明媚な三江線

注:赤文字部分をクリックすると、新しいウインドウに写真を表示します。

2002年12月30日(月)

三江線は、国鉄路線としては最後に開通した陰陽連絡線で、山陰線の江津と芸備線の三次を結ぶ108.1kmの長い路線である。元々沿線人口は多くない上に、陰陽連絡は新幹線+伯備線が主流となったため、全線を直通する列車がほとんどないばかりか、日のある内に乗ろうとすると、使える列車は2往復のみである。ま、1本でも列車があれば乗るのは不可能ではないが、両端が江津と三次という少々中途半端な街なので、乗りつぶし行程を作成するに当たっては、かなり頭を痛めた。

本日最初に乗車するのは三江線の始発、江津6時32分発の浜原行き普通列車で、これを逃すと次は約6時間後の12時57分発までない。ところが、この12時57分発では浜原から先の連絡がなく、更に約2時間後となる江津14時49分発の列車で行くのと同じ結果になり、三次に着く頃には冬の日は既に没してしまっている。
という訳で、心ならずも江津に宿を取ったのだが、駅近辺でもコンビニすらなく、非常に寂しい街に見えた。ま、宿の方はソコソコ快適だったので、意気揚々と江津駅に向かう。



雨は夜半に止んだようで、空には幾つかの星が見える。吹き付ける風は冷たく、空気がピンと張り詰めている。駅の窓口には、営業時間は6時30分からと書かれているので、無人の改札を抜けて三江線の列車が発着する3番ホームに向かうと、東の方からキハ120の単行が回送でやってきた。どうやらこれが三江線の始発列車となるらしい。
ドアが開いたので早速乗り込み、ワンマン運転だろうからと運転士に青春18きっぷを示して今日の日付を入れてもらおうとしたら、もうすぐ乗り込んでくる車掌が対応するとのこと。

車内も冷え切っていたが、ジワジワと暖気が回ってきた。と、後方のドアから車掌が乗り込んできたので、青春18きっぷに日付印を捺してもらう。同類と思しき人が3名乗車しており、同様に青春18きっぷに捺印をもらっている。
発車間際に15名ほどの女子高生の団体が乗車し、さらりと座席が埋まる程度の乗車率で発車となった。

辺りはまだ真っ暗だが、右にカーブを切ると江の川の左岸に取り付いたのが解る。川面にいくつか、対岸の明かりが反射しているからだ。小さなトンネルをいくつか抜けながら、江の川に沿って遡上して行く。列車は丹念に小駅に停車していくが、乗ってくる客はほとんどない。手持ち無沙汰になった車掌が運転士の傍らに立ち、「なかなか夜が明けんな」と話し掛けている。夜明けも遅いが、どうやら朝靄が出ているようで視界が効かない。

7時を過ぎた田津辺りで、漸く景色に色がついてきた。相変わらず対岸の山からは水蒸気が上がっているが、水量豊富な江の川の川面は充分に見渡せる。川沿いにはあまり平地を作らず山を切り立ったような感じに流れていて、恐らく増水すると急流となるのだろうが、今は朗々と流れている。

久しぶりに信号機が見えてきて石見川本に到着し、江津行きの普通列車と交換。女子高生の団体はここで降り、乗客は4名のみとなってしまった。
石見川本を出ると、これまで以上に上り勾配がきつくなる。線路際には、ところどころに雪が積もっている。
曇る窓ガラスを拭きながら、江の川の流れを飽きることなく眺めていると、乙原を出た辺りから空が晴れてきた。いつの間にか朝靄も消えている。しかし、太陽は山の陰にあって陽射しは当たらない。

江津を出て以来、初めて江の川の右岸に渡ると、沿線に民家が増えてきて粕渕に到着。駅前の国道を真っ直ぐ下っていけば大田市に出られるはずで、粕渕からは江津より大田市の方が行き来が多いだろう。粕渕を出ると小さなトンネルを抜け、山の端を回り込むように勾配を登って浜原に到着した。

浜原駅は相対式ホーム2面2線の配線なので、ここから先、三次まで行く普通列車に乗り換えるには跨線橋を渡らねばならないが、乗り継ぎ時間は30分以上あるので急ぐこともない。冷え込みが厳しく、三次までもキハ120にお世話になるようなので、まずはトイレに寄ってから、駅前に出てみた。

三江線は、三次と江津からそれぞれ建設を始め、三江北線/三江南線として長らく分断されていた。浜原駅は三江北線の終点だった駅だが、設備は交換可能の中間駅といった感じで、立派な駅舎はあるものの無人駅である。駅前にはJA関係の店舗があるが閉まっている。どうやら朝食は三次まで持ち越しとなりそうだ・・・。
と、駅舎の前に三江線全通の記念碑があるのに気が付いた。三江線が全通したのは昭和50年、既に赤字ローカル線の廃止が検討されていた時期で、よくぞ全通できたものだと思う。

発車時刻までまだ20分もあるが街歩きをする気にもならず、乗り遅れると次の列車は約8時間後となってしまうので、早々にホームへ上がって列車の傍で一服点ける。と、通りかかった車掌から「今日は三瓶山が見えてますよ。」と声を掛けられた。車掌の視線を追ってみると、なるほど雪を頂いた立派な山容が朝日を浴びているのが見える。昨日の大山に続き、名山を拝めたのは運がいい。

30分強のインターバルが終わり、三次行き普通列車は定刻の8時30分に浜原駅を後にした。浜原〜口羽間は、前述の通り昭和50年に開通した新しい路線なので、浜原までとは一変してトンネルが多くなる。路盤の状態も良いので、キハ120でも80km/h以上ですっ飛ばす。但し、悲しいかな乗客はたった5名である。三江線が全通しても、人の流れは変わらなかったのだろう。でないと、1日4往復などというダイヤにもしていないだろうし。
新線区間も、基本的には江の川に沿っている。その流れは河口から60kmも上流とは思えないほど立派で、トロッコ列車を走らせるなどして観光路線として活性化出来ないか?とも考えてはみたが、両端が江津と三次では集客は望めそうもない。

ちょっと長めのトンネルの中で、減速が始まる。トンネルを出たところに駅があり、駅の先はまたトンネルである。は良いのだが、駅があるのは谷の上である。高所恐怖症な私だが、ここでは谷の下を見下ろしておかねばなるまい。ここ宇都井駅は、地面から最も高い所にホームがある駅として、その方面では有名なのだ。しかも、エレベーターやエスカレーターは設置されておらず、列車に乗ろうと思うと長い階段をえっちらおっちら登らなければならないらしい。この列車では乗降ゼロであったが、いったい1日何人がこの駅を使うというのだろうか・・・。

浜原から33分で、三江南線の終点であった口羽に到着。この区間の表定速度は約54km/hで、江津〜浜原(表定速度約36km/h)とは雲泥の差である。口羽では、浜原行き普通列車と交換するため9分ほど停車する。ホームに降りて一服点けるが、駅のトイレに走る人もいて何だかトイレ休憩のような停車でもある。やがて、三次方面からキハ120の単行列車がノソノソと入線してきた。

口羽から10名ほどが乗り込み、車内は少し賑やかになる。やはり三江南線時代と人の流れが変わっていないのだろう。とはいえ、旧三江南線の区間も1日5往復と、決して列車本数が多い訳ではない。
口羽を出ると、やはり路盤の状態は良くない。線形も悪くなってキハ120の走りものんびりしたものになる。左下に、広島県に入って可愛川と名を変え、流れも細くなってきた江の川を見下ろしながら、3〜40km/hの速度で健気に走っていく。

長谷という小駅に停車する。列車本数の少ない三江線にあって、一部の列車が通過してしまうという物凄い駅で、三次方面行きは9時47分発となるこの列車が最終である。もしこの辺りに住む人が昼から三次へ行こうとしたら、浜原行き普通列車で隣の船佐まで行って引き返すよりない。また、仮にそうするにしても、使える列車は14時30分発と16時55分発の2本のみである。
ま、三江線の利用者は三次の学校や病院へ通う学生とご老人ぐらいだろうから、実態に見合った措置なのかもしれないが・・・と思いつつ駅の周囲を見渡してみるが、民家が2軒見えるだけだった。

徐々に乗客が増え、ほとんど全ての座席が埋まるぐらいの状態となり、いきなり高架橋へ駆け上がったから驚いた。そして、可愛川と合流する西城川を渡ると地平に降り、右から芸備線寄り添ってきて三次駅西端の切り欠きホームに到着した。江津から3時間半ほど掛かったが、江の川の景観を満喫し、インターバルには三瓶山を拝めたこともあって、それほど長くは感じなかった。



三次は、中国地方の山の中にあってはちょっとしたジャンクションで、広島/浜原/府中/備後落合の各方面へ列車が出ている。ここからどこへ抜けようか、行程作成の際には少し迷った。
最も接続が良いのは芸備線の備後落合行きで、備後落合からは東城を経て新見まで乗り継げる。次に接続が良いのは芸備線の広島行きで、昼過ぎに広島に着くことができる。
しかし、後々のことも考えて最も接続の悪い福塩線を選択した。次の福塩線府中行きは約1時間半後の11時30分発までないので、駅前へ出て朝食を摂っておくとしよう。このあとの行程は、夕方まで乗り継ぎ時間が少ないので、ここで昼食も兼ねてシッカリ食べておかねば。

駅前に出てみれば、比較的交通量の多い国道183号線が横たわっている。地方都市とまでは行かないレベルの街なのだが、三江線を辿ってきた目には非常に賑やかに映る。その国道沿いにファミレスを発見し、2人前の食事を注文。ファミレスの1人前では、成人男子の腹には頼りない。
ドリンクバーで食後のコーヒーを堪能し、1時間ほどのんびりした。さて、一旦 山陽へ戻るぞ。

三次11時30分発の府中行き普通列車は、予想通りのキハ120単行である。福塩線は、福山と塩町を結ぶ路線であるが、府中以南が電化されているため、運転系統は府中で二分されている。また、府中以北を走る気動車は、芸備線の三次まで乗り入れている。という訳で、三次を出るとまずは芸備線を東進。次の八次を出ると左に国道184号線と馬洗川が見える。平坦でカーブの少ない線路を、キハ120は80km/h程度で快走し、国道を行くクルマをどんどん追い抜いていく。

馬洗川と別れて水田の中を暫く走ると、塩町に到着。福塩線が分岐するジャンクションだが、島式ホーム1面の小さな駅だった。芸備線から別れると、右へ左へと急カーブを切る。20制限でとろとろと進むので、今度は国道を走るクルマにどんどん追い越されてしまった。
カーブを抜けると脱兎のごとく80km/h程度まで加速。再び馬洗川に沿うようになるが、次の三良坂からはいきなり山峡へ分け入って行く。トンネルを抜けると高原のようなところに出るが、すぐに馬洗川を見下ろす崖っぷちに取り付いて、15制限でとろとろと狭い盆地へ降りて吉舎に到着。

吉舎を出ると馬洗川と別れ、山裾に取り付くような感じで右へ左へとカーブを切る。冬の穏やかな太陽が顔を出し、車内はポカポカ陽気になってきた。20制限も多く、食後ということもあって睡魔が襲って来る。山間を抜けると今度は上下川に沿い、のんびりのんびり遡上する。

三次から1時間ほどで上下に到着。ホームに、『海抜383.74m 福塩線最高地点』との標識が立っていた。という訳で、上下からは下りに掛かる。矢多田川の細い流れに沿って、相変わらずのんびりとした走行だ。
次の備後矢野で三次行き普通列車と交換。お互い月1運休の対象列車であるが、あちらのキハ120はオールロングシートのようだった。

のんびり走ってきたキハ120だが、備後三川を出ると長いトンネルに入って速度を上げる。八田原ダムの建設に伴って線路が付け替えられた区間で、八田原トンネルは7km近くもある。長い長い闇が終わると狭い盆地に顔を出し、八田原ダムの下流に当たる芦田川に沿って下っていく。
またもや20制限の崖っぷちが現れてイライラするが、やがて車窓に民家や工場が増えてきて、定刻の13時11分に府中に到着した。

府中からは、2分接続となる福山行き普通電車に乗車。3ドアロングシートの105系の2連で、昨日の上郡以来久々の電車ということになる。30名ほどの乗車で発車。105系とはいえ、DCに揺られてきた身には軽快な走りだ。
民家の間を縫うように走る民鉄チックな沿線風景で、駅間距離も短くて各駅ごとに乗客が増えてくる。新市からは立つ人も増え、車窓が見難くなった。
万能倉で府中行き普通電車と交換。湯田村を出ると、左から立派な単線軌道が寄り添ってきて神辺に到着。この軌道は神辺と伯備線の清音とを結ぶ井原鉄道で、私にとっては未踏破路線である。

横尾からは芦田川沿いに出て、福山市街の縁をぐるりと回り込む格好となる。横尾と福山の間は小高い丘になっているので、急勾配を避けてこんな線形となっているのだ。
やがて右から新幹線と山陽線の2層構造となった高架橋が寄り添ってくる。我が福塩線も高架橋へと駆け上がり、福山駅北端に位置する8番線に到着した。



福山は新幹線駅だが、改札口は1箇所しかない。駅のすぐ北側には福山城址があり、ホームからでも城壁がすぐそこに見える。以前、私は福山市内に住んでいたことがあり、大阪から遊びに来たツレが『エライとこに城あんなぁ・・・』とか言うとったけど、駅の方が後から出来たので『よぅこんなとこに駅作ったもんやで。』が正解だろう。これほど城跡に近い駅は、他には京阪本線の淀駅ぐらいしか知らない。

さすがに広島県No2の都市だけあって、コンコースを行き交う人も多くて賑やかだ。
さてこの後は、神辺まで引き返して先ほど軌道を眺めた井原鉄道の踏破を目指す。8番ホームに戻って一服点けていると、不意にVVVFのモーター音が聞こえてきた。はて、福山にはVVVF車輌が来ていたかな?と思ったが、どうやら[ひかり124号]の300系が発車して行ったようだ。

14分停留の折り返し福塩線府中行き普通電車に乗車。車内は満員に近く、この旅では初めて立つこととなる。神辺まで3駅戻って井原鉄道に乗り換え。乗換え改札口の駅員から清音までの乗車券を購入してホームに出ると、キハ120に似通った単行の気動車が発車時刻を待っていた。キハ120と異なるのは、長くても70分程度しか走らないのにトイレが設置されていること。

前述の通り井原鉄道は、伯備線の清音と福塩線の神辺を結ぶ路線であり、言わば山陽本線に対する裏街道のような路線である。私が福山に住んでいた頃にはまだ開通しておらず、井原鉄道の必要性についても否定的であったのだが、さて開通後4年近く経った現状はどうなのだろうか、シッカリ観察してみようと思う。

神辺を出ると、力強く高架橋へと駆け上がって右へカーブを切り、福塩線と別れる。さすがに新しい路線だけあって、路盤はシッカリしているしカーブも少なくて乗り心地はよい。また、高架橋に取り付けられている防音壁が低いので、眺めも非常によい。ところが、車窓は田畑と疎らな住宅が広がるばかりで退屈である。
早雲の里荏原で運転士が交代。早雲の里荏原を出ると車輌基地が見える。駅・軌道・車輌といった設備は超一流だが、中途半端な時間帯とはいえ乗客は15名程度しか乗っておらず、些か勿体無いとも思う。
車内は至って静かなもので、走りも車窓も単調なので睡魔が襲ってくる。

川辺宿を出ると高梁川の広い流れを渡り、伯備線の下り線をオーバークロスして上下線の間に割り込んで清音に到着した。
井原鉄道の清音駅は、JRの2番ホームを一部区切って使用している。清音駅で降りる場合は専用の跨線橋で駅の外へ出られるし、伯備線に乗り換える場合は連絡改札を通ってそのままJRのホームへ行けばよい。
一旦 駅前へ出てみたが、狭い駅前広場に商店が何軒か見えるだけで、非常に長閑な光景だった。



清音15時29分発の姫路行き普通列車で、倉敷まで一駅移動。

JR倉敷駅に隣接して、水島臨海鉄道の倉敷市駅がある。しかしJRからの乗り換えは、一旦 駅前に出なければならない構造となっていた。
水島臨海鉄道水島本線は、倉敷市と三菱自工前を結ぶ10.4kmの路線であるが、終点の三菱自工前駅はその名の通り三菱自動車製作所や近隣の工場への通勤専用のような性格の駅らしく、デイタイムは一駅手前の水島までしか列車が行かない。
私は当然、終点の三菱自工前まで行くのだが、三菱自工前行きは16時33分発までなく、その前に水島止まりの列車が2本ある。40分ほど待って三菱自工前行きに乗ってもよいが、事前に地図で調べたところ水島駅と三菱自工前駅は直線距離で1kmほどしか離れていない。今日は天気もよいので、15時54分発の水島行きで先行して三菱自工前まで歩こうと思う。水島に着くのは16時18分で、次の三菱自工前発は17時01分、40分もあるので楽勝だ。

という訳で、自動券売機で水島までの乗車券を購入して改札を抜ける。ホームには、既に15時54分発の水島行き列車が停車していた。早速乗り込んでみると、シートはクロスとロングが千鳥に配置されている。運転台の横に料金箱が設置されているワンマン仕様なので、右前部の展望が良いロングシート端に腰を下ろす。何気に車内を見回してみると、後部運転台がずいぶん遠く見える。おそらく20m車なのだろう。

発車時刻が近付き、運転士が乗り込んできた。そして、定刻に発車。発車後暫くは右に山陽線の複線を見て走るが、間に引込み線も見える。恐らく貨物列車用の引込み線なのだろう。
山陽線が緩やかに右カーブを切って別れていくと、球場前駅に停車する。球場前と言っても倉敷マスカットスタジアムではなく、倉敷市営球場の最寄り駅である。
球場前を出ると左にカーブを切りながら築堤へ駆け上がっていき、そのまま高架になって西富井に停車。ここで倉敷市行き列車と交換するが、さすがに貨物輸送もやっているだけあって複線部分は非常に長い。

高架橋から地平へたらたらと下って行き、降りきったところが福井駅で、ここから先は住宅地や田畑が広がる長閑な車窓となる。弥生を出ると再び高架橋へと駆け上がる。前方に、水島港を取り囲むように林立する工業地帯の煙突や、巨大なガスタンクが姿を現した。
高架橋をのんびりと走り、倉敷市から25分ほどで水島に到着した。水島駅は無人駅らしいので、料金箱に乗車券を放り込みながら、運転士に三菱自工前駅の所在を訪ねる。歩いて行くのか?と聞くのでそうだと答えると、列車の前方を指差しながら、この先の右へ別れていく高架橋に沿って歩けば行き着くとのこと。礼を言ってホームに下りた。

高架下は、工業地帯にありがちな、クルマの通行だけが多い寂しいところ。冬の太陽は既に大きく西へ傾いていて、少し肌寒い。いざ三菱自工前へ!と、勇んで歩き出してはみたものの、列車にばかり乗っていて少々足がなまったか、いつもの速度では歩けない。ま、急がずとも次の三菱自工前発には余裕で間に合うと解っているので、のんびり歩くことにする。

やがて国道430号線に行き着いたが、その交差点上で高架橋が左右に分岐していた。先ほどの運転士の話では、三菱自工前への列車は右の高架橋を走るはずなので、左の高架橋は貨物専用線なのだろう。
右へ延びる高架橋に沿って歩いていると、徐々に高架橋が低くなって地平に降りてきた。降りきったところで、左から線路が合流する。これも貨物専用線なのかな?と思いつつ合流点の先に視線をやると、片面ホームの停留所が見える。はて、水島と三菱自工前の間に駅はなかったはずだが?と不審に思いながら停留所に近付いてみると、なんとこの停留所が三菱自工前なのであった。レールは更に先へ延びているが、恐らくこれも貨物専用線なのだろう。

工業地帯の真ん中にポツンと位置する停留所。線路は先に続いているし、辺りには工場以外なにもない。これほど終着駅らしくない終着駅も珍しい。昼間は列車がやってこないし、やたらとホームは長くて有効長は5両分ぐらい。
ちょっと水軒っぽいなと思いつつ、狭いホームに佇んで一服点けていると、折りたたみ式と言って良いものなのか?と思えるベンチが設置されているのに気が付いた。座っていないと座面が回転して縦に落ちるのだ。ま、埃などが溜まることはないので、実用的とも言えるが・・・。

そうこうする内、折り返し17時01分発の倉敷市行きとなる列車が到着した。降りる人は皆無で、乗り込むのも私だけ。ホームに掲示されている時刻表によると、この列車はツーマンのはずなのだが、年末年始休暇の時期ということもあってかワンマン運転だった。という訳で、整理券を取って発車を待つ。

発車間際に乗客が1名乗り込んできて、貸切状態は避けられた。定刻に発車し、のんびり高架橋へあがって左へカーブを切ると、もう水島駅が見えてきた。これで目出度く水島臨海鉄道も踏破完了。
水島からは各駅で乗車がある。夕方の上り列車だから、それほど乗車はないだろうと思っていただけに、意外である。それも20代に見える若者が多く、水島臨海鉄道は地域密着の交通機関として立派に活躍している。
倉敷市には80%以上の乗車率で到着。これほど乗っている臨海鉄道も珍しいだろう。

今日は、倉敷駅北口に程近いビジネスホテルに投宿する。倉敷駅の北口を出ると、正面にライトアップされた駅前広場の時計塔とチボリ公園の観覧車が見えた。


本日の踏破路線:三江線(江津〜三次),芸備線の一部区間(塩町〜三次),福塩線(福山〜塩町),井原鉄道(清音〜神辺),水島臨海鉄道(倉敷市〜三菱自工前)
 

1日目に戻る   3日目に続く


インデックスへ戻る
トップへ戻る